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女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

車の運転から見えてくること。

自分そだて。

出勤に自家用車を使っています。 

 

朝、夕方は、特に気をつけないと危ない。 

 

車の運転には、その人の人柄がモロ、出ています。 

 

危ない車、近づきたくない車、

 

すぐにわかるから、私は車間距離をかなりとります。

 

 

 

自分が焦っているのも、車の運転をすると

 

すぐにわかります。

 

なので、焦っているときほどしていることがあります。

 

 

 

 

それは、「目的地に無事にスムーズに着くこと」のみに

 

集中することです。

 

そうすると、視界がものすごく広がって

 

前を見て運転はしているけど、横から後ろくらいまで

 

気配を感じながら運転をすることができます。

 

すべてが認識できていて、静かで安全な運転です。

 

淡々と、目的地にスムーズに到着できるのです。

 

 

 

 

焦っているひとは、アクセルを思いっきり踏むけど、

 

信号や、前の車の右折などによって

 

結局また、強くブレーキを踏むことになります。

 

そして、ブレーキを踏むたびに、イライラしています。

 

歩行者がいても、先に渡らせてあげたり、

 

対向車が右折サインを出していても

 

先に譲って曲がらせてあげることが、できません。

 

 

 

縁起で考えると、人にしたことは自分に返ってきます。

 

なので、人に譲らなければ、譲らないほど、

 

自分の進行を阻むようなことが、増えていきます。

 

それは、自分で実験をしたから、よくわかります。

 

焦って、誰にも譲らないときほど、

 

信号、踏切、あるいは、あぶない自転車が飛び出てくる、などの

 

余計な出来事が起こります。

 

 

 

なので、私は

 

焦っているときほど、急なアクセルを踏まないし、

 

同じ速度で、なるべく止まらずに済むようなイメージで

 

そして、あえて、先を他人に譲るようにしています。

 

そうすると、間に合わないはずだったのに

 

時間に間に合う。

 

しかも、運転によるストレスがまったくなく、

 

むしろ、落ち着いた気持ちで仕事に取り組むことができます。

 

 

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夕方は特にあぶないですね。

 

仕事帰りのお母さんは、焦っています。

 

お腹が空いてるのか、男性も道を急いでいますね。

 

混雑する踏切周りは特に、殺気だっているので

 

なるべくそこは通らないようにしています。

 

他人の殺気に自分が取り込まれたら

 

夕方の時間が台無しです。

 

なので、殺気だつところを通らないといけないとき、こそ

 

譲ります。

 

譲って、殺気を逃します。

 

そうすると、周りは大変でバタバタしていても

 

自分の周りの雰囲気はバタバタしたり、イライラしません。

 

私は、そういうことを、とても気をつけています。

 

 

 

「我、先に」と思うときほど、

 

「お先にどうぞ」をしていくのです。

 

 

 

これは、人生でも同じことがいえるのだな、と

 

ある朝、気がつきました。

 

車の運転で、急アクセルを踏むとき、というのは

 

人生でいえば、

 

「これがやりたい!」「今すぐ、成果を出したい!」というとき

 

思いつきで始めて、すぐに結果を欲しがって、

 

急にアクセル全開、周りを巻き込んでいきます。

 

 

 

そして、急ブレーキというのは

 

人生でいえば、

 

ちょっとやってみたけど、かじってみたけど

 

「全然成果出ないじゃん!」「なんか、思ってたと違った!」と

 

すぐにやめてしまうこと、です。

 

 

 

 

アクセル全開にした後、すぐに急ブレーキを踏む。

 

これを繰り返していると、とてもストレスがかかりますね。

 

そして、イライラもするでしょう。

 

疲れて、自分に自信もなくなるでしょう。

 

何も手に残ってないな、と思うでしょうし、

 

実際に、あれこれ手を出すだけ、で「自分がやりたい」では

 

なかったこと、に毎度、落胆するでしょう。

 

 

 

 

まずは、自分の目的地をきちんと決めること。

 

そのためには、静かな気持ちになって

 

時間をとって、考える時間が日々、必要かもしれません。

 

たった、5分でもいいから

 

自分のことだけを、考える時間をつくってみる。

 

本を5分読む変わりに、自分のことを考えてみる。

 

 

 

そうやって、自分の目的地をまず、定めること。

 

そして、定めたのなら、急にアクセルを踏まずに、

 

「目的地に無事にスムーズに着くこと」のみに

 

集中することです。

 

 

 

他人に勝ちたい。

 

人からみたら、どう見えるか?

 

早くものにしたい。

 

成果をすぐに、出したい。

 

失敗したら困る。

 

こういうことは、すべて不要な思いです。

 

「目的地に無事にスムーズに着くこと」のみに

 

集中することです。

 

 

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これは、実は瞑想と似てるところがあります。

 

目的地はわかっているけど、

 

運転のときと同じように、落ち着いていると

 

すべての出来事が視界に入ってきます。

 

そして、これから起こりそうなことも、

 

段々と感覚でわかってくるので、焦らずに

 

じわっとアクセルを踏み続けていさえすればいいのです。

 

それまでは、淡々と前に進んでいくのみです。

 

 

 

 

ブレーキは必要なとき、は踏めばいいけど、

 

急ブレーキではないので、

 

別に、ストレスにはなりません。

 

止まって、考える時間、です。

 

 

 

そして、他人にも勝つことが目的ではないので、

 

運転でいう、他人に譲らない、という部分、

 

他人を批判したり、攻撃をすることもする必要がありません。

 

他人と比べて焦って早くする必要もありません。

 

 

 

とても車の運転と似ていませんか?

 

私は、これに気がついてから、

 

いろいろ、考えてみました。

 

たとえば、車というのは、本来は移動手段ですね。

 

でも、車にもいろんな車があります。

 

移動できればいい人、と

 

高級車で見栄えもよく、人から何かを認定してもらいたい人もいますし、

 

実際に車が好きで、メカ好きで、手入れをしたい人もいますね。

 

自分が車を何のために使いたいのか?を決めておけば

 

車に不要なお金をかける必要がなくなります。w

 

お金がたくさんある人で、使うことがなければ

 

車にお金をかければいいけれど、

 

お金がそんなにないのに、何年経ったから買い替えないと、というのは

 

違うような気もします。

 

 

 

今日は、朝の通勤時間に、気がついたことを

 

書いてみました。

 

ちなみに、私は国産の中古の軽自動車に今は

 

乗っていて、とても快適で、すばらしいです。

 

近場の移動、子どもの送迎だったら、

 

こんな便利な車はないな、と思っています。

 

 

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嫌なことからは逃げてもいい?

自分そだて。 子育て

メルマガで、「逃げるが勝ち」という音声を 

 

読者限定で配信しました。  

その「逃げるが勝ち」の音声では 

 

「嫌なことをムリしてやる必要ない」なんて 

 

言っています。 

 

 

 

そんな音声を配信したところ、子育て中のお母さんから 

 

このようなお便りをいただきました。 

 

 

私は、子育ての中で嫌なことから逃げない‼️と、い

子育てをしてきましたし、現在進行形です。

宿題、嫌だな…ダラダラ後回し後回しダラダラ〜

嫌なことから逃げない‼️

と、毎日のように言っています。

そこへ嫌なことから逃げようとする子どもに

お説教までしてしまう

嫌なことから直ぐに逃げるから

踏ん張りたいときも踏ん張れなくなるんだよ!

日々嫌なことから逃げないでやってたら、

一番頑張りたい時にその力はついてるから、

嫌なことから逃げないで頑張ってやってごらんが、

口癖です。

だから、逃げるが勝ちを読んだ時は、

子どもは上手に逃げてるのに、それは、駄目って

言ってるのかな?と、

これと逃げるが勝ちのお話は別のことなのかな?と、

わからくなったりしてます。

 

 

このお母さんがおっしゃること、も最もな気がします。 

 

「宿題をまず、やってから、じゃないと、遊べない」ルールの子どもは 

 

我が子の同級生にも、普通にいます。

 

でも、わたしは少し違った意見を持っています。 

 

今日は、そのこと、について、書いてみます。

 

 

 

ご褒美のために頑張る

 

大人の雑誌などでもよくある

 

「今日は特別自分にご褒美」という見出し。 

 

これも、普段は嫌なことも我慢してやること、に意味があり、

 

嫌なことを我慢してやった結果、

 

ほら、ご褒美を自分にあげて、また、頑張って!

 

そういうことですね?

 

だって、みんな嫌なこと、我慢してるし、

 

大人ってそういうものでしょう?

 

 

 

本当にそうなのかな?と私はある時から考えるように

 

なりました。

 

そういう私も、ロボットのように考えることをせずに

 

毎日、我慢して、嫌なことを続けることで、いつか何か

 

良くなるはずだ、と信じて、耐えてきた部類でした。

 

度々起こる、

 

「自分にご褒美くらいあげたっていいじゃない!」という発作。

 

あるいは、

 

「もう!なんでわたしばっかり、こんなに大変なの!」という発作。

 

 

 

そして、発作が収まると、また、同じように

 

「嫌なことを我慢して日々を送る」

 

「いつかの楽しみのために」

 

 

 

でも、「いいこと、がいつやってくるのか?は

 

今、嫌なことを我慢してやってる人には

 

わからないんじゃないか?」という仮説をあるとき、

 

思いついたのです。

 

 

 

それは、なぜ、思いついたのか?というと

 

終末医療に携わっていたからです。

 

「嫌なことを我慢してやってきたのに、なんで、わたしが?!」

 

何人もの亡くなる患者さんの口から

 

出てきたことばです。

 

 

 

わたしは、それに対して、なんと返答したらいいのか、

 

本当に悩みました。

 

現に、わたしもその時

 

「日々我慢して、嫌なことも耐えてやっていたから」です。

 

いったい、わたしは、じゃあ、どうなっていくのかな?と

 

考えました。

 

結果、嫌なことを耐えてしていること、で

 

いつになったら、楽になったり、楽しくなったり、

 

よろこべたり、しあわせだ、と思えたりするのか?なんて

 

わからないのではないか?

 

そういう風に考えるようになりました。

 

 

 

 

だけど、子どもにはそういう風な考え方を押し付けている

 

わたしもいました。

 

だって、自分がそうやって我慢して嫌なことから逃げずに

 

やってきたのだから。

 

それだけの理由で。みんな、そうやってるんだし。

 

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浪人時代

 

 

嫌なこと、の最たるものが「勉強」ではないでしょうか?

 

「勉強しないと、ろくな大人にならないよ」というのは

 

多くのひとが持っている、社会的な通念のようなものではないかと

 

思います。

 

じゃあ、わたしはどうだったか?

 

 

 

私は、4歳くらいからピアノを習わされていました。

 

毎日、ピアノをやってから、でないと遊べない。

 

遊んでいると、注意される。

 

一日お稽古をさぼると、2日後退する、と常に

 

言われていました。

 

音大に入るのがいい、と勧められてきました。

 

でも、私がその「嫌なお稽古を先にすること」でどうなったか?というと

 

「ピアノが嫌いになった」だけでした。

 

もちろん、お稽古をしているので、指は動くし

 

難しい曲も弾けるようになりました。

 

でも、ピアノも、音楽も嫌いになりました。

 

 

 

高校には音楽コースもありましたが、

 

私はそれを避けました。絶対やだ。

 

それで、私はかねてから「医者になりたい」と思っていたので

 

理系コースを選んだのです。

 

 

 

でも、私は勉強ができませんでした。

 

これは本当です。

 

両親も「勉強をしなさい」と一度も言いませんでした。

 

「もとの頭が良いから、そういうことを言うんだ」と

 

言われます。

 

でも、私は、内申点が悪くて、医学部はムリだ、と

 

担任の先生にも太鼓判をいただくほど、

 

勉強が嫌いで、やっていませんでした。

 

だから、現役で10個近く受けた医学部はすべて

 

落ちました。

 

 

 

 

それから、一年間、大嫌いで後回しにしていた勉強に

 

始めて「医学部に受かるため」に

 

自分から取り組んだのです。

 

「もう、逃げてもムダだし、合格するためだ」と

 

自分で思ったから、一年間、

 

本当に勉強だけ、していました。

 

ほとんど、暗記。数学も暗記。科学も暗記。

 

英語は他科目でカバー。

 

 

 

 

ピアノと受験勉強の経験からわかるように

 

嫌になるほど押し付けられたことからは逃げて

 

押し付けられてなかったけど、自分でいやで避けていたことも

 

必要に駆られると人はやる、ということが

 

私の経験からわかったことです。

 

 

 

そのように考えてみると、

 

嫌なことから逃げていても

 

人は必要になれば、それをやります。

 

 

 

嫌なことを続けていると?

 

 

さて、話を戻して、子ども時代から

 

嫌なことを我慢して先にやり続けて

 

大人になってきました。

 

さて、かつての私、嫌なことを我慢して

 

いつか、どこかの楽しみのために頑張ってます。

 

でも、いつになったら自分のやりたいこと、が

 

できるんだろう?

 

いつになったら、嫌なことで踏ん張るんじゃなくて

 

やりたいこと、で踏ん張れるんだろう?

 

いったい、いつになったら、

 

「こうなりたい!」「こんな未来を目指したい!」に向けて

 

自分の足で立てるんだろう?

 

 

 

 

日々、嫌なことを先にやるクセがついていると、

 

「自分のこと」なんて後回しになるのが大人です。

 

ずっと、ずっと、「嫌なことをがんばったら良いことあるよ」をしていると

 

「わたし、これやってみたい」なんていう好奇心は

 

消えてなくなっていました。

 

 

 

さらに、「じゃあ、何したいの?」って聞かれても

 

「え?!したいこと......。わかんない」

 

こうでした。

 

 

 

だから、私は「嫌なことをする」ことをやめたのです。

 

それは多くの人からみると「大人げない」「自分勝手」みたいに

 

思われました。

 

そりゃ、そうですよね。

 

「嫌なことから逃げたらいけない」ひとからみたら

 

「嫌なことから、何逃げてるの!?」ってなりますね。

 

 

 

でも、私は嫌なことをするのをやめたのです。

 

 

 

そうすると、どうなったのか?というと、

 

まず、子どもに対して

 

「嫌なことを我慢しないと、後が大変だよ」と

 

思わなくなりました。

 

子どもが一番、わかってるな、と思いました。

 

今、やりたいことを夢中でする、ことが

 

どんどん、数珠つなぎになっていくこと、もわかってきました。

 

 

 

現に、冷静に自分の半生をみてみたら、そうだったし、

 

嫌なことを我慢していても、

 

そのまま病気になって後悔するひとも

 

たくさん診てきたのです。

 

それなら、嫌なことを我慢してやることない。

 

 

 

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そして、仕事についても考え方が変わりました。

 

「稼ぐためには仕方ない」とどこかで思っていた診療行為が

 

まったく意味合いが変わりました。

 

かねてから探求したかった心と身体、魂のつながり、を

 

意識した診療を、するようになりました。

 

嫌なことを我慢してやる、の中には

 

「稼ぐためには仕方がないから、診療をする」が入っていたのでしょう。

 

それが今は、

 

「自分だけしかできないことをやろう」と決めて診療をするようになり、

 

患者さんに向き合う姿勢が変わりました。

 

それは、わたしにとって、とても大きな変化でした。

 

しかも、お金まで給料としていただけるなんて!という

 

そんな感覚で、取り組んでいます。

 

大きな違いです。

 

 

 

嫌なことを我慢してし続けることで、もう一つ、

 

懸念することがあります。

 

じゃあ、嫌なことをしていて、大人になってから

 

報われていますか?

 

思い通りになっていますか?

 

 

 

そうじゃなかったとき、

 

嫌なことを我慢して耐えてきた人はもう、

 

余力があまり残ってない。

 

いまさら、じゃあ、肩書き変えて

 

何かするか?というと、それももう、体力気力が残ってない。

 

 

 

 

そうなったとき

 

他人のせいにする」「社会のせいにする」「政治家のせいにする」

 

「環境のせいにする」

 

自分は被害者だ、という意識を持ってしまう懸念があります。

 

「だから、自分はこうなっちゃってるんだ!」という憤りだけで

 

相変わらず耐えて、我慢して生きていく。

 

自分が変わろう、違うことをやろう、考えを変えようではなく、

 

「嫌なことをさせられてるのは○○のせい」

 

そうしておけば、文句を言いながら変わらずにすみます。

 

 

 

そうなることは、しあわせから遠のいてしまうし、

 

心穏やかに暮らすことからは

 

遠のいてしまう。

 

だから、私は嫌なことからは逃げてもいいから

 

自分の責任で、自分の足で立って

 

そこで始めて、嫌なことから逃げずに

 

好きなことをやればいい。

 

そう思うし、自分もそうしています。

 

 

 

何かを始めれば、困難や、壁は出てくるし、

 

失敗も、他人からの批判も出るかもしれない。

 

でも、「好きでやってること」で嫌なことが出てきても

 

そこで踏ん張れるのです。

 

最初から嫌なことを我慢してやっていたら

 

困難や、壁は出てきたら逃げたいし、

 

失敗もしたくない、

 

他人からの批判は受けたくないから

 

そこからチャレンジすることも、難しくなるでしょう。

 

 

 

まとめると

 

「嫌なことから逃げてもいいのか?」というのは

 

私はいい、と思って今、自分自身で

 

実体験して試しています。

 

人生をかけた実験です。

 

嫌なことから逃げてもいい、となると、

 

家事やってないんじゃないの?とか、意地悪なことを

 

詮索したくなる人もいるかもしれませんが、

 

やりたいようにできるので、

 

家事も料理ものびのびと創造的に取り組んでいます。w

 

 

 

そして、「こうしなければいけない」ものなどなく、

 

「いや、嫌なことをやってるから自分があるんだ!」と思えば

 

それを続けていいし、そうやって生きることを選べばいい。

 

自分の人生の答えは、誰も教えてくれないし、

 

自分で考えて、これは良さそうだな、と思ったら

 

試してみたらいいし、試して違ったらまた、違うことを

 

試せばいいですね。

 

 

 

死ぬときになって「あ〜、よかったよ」と言えることが

 

私の目標で、それだけがゴール。

 

行き方、生き方は、オリジナルがいいですね。

 

自分の体験、経験を振り返ってみて、模索してみる、

 

そこから学ぶのが、一番、良い方法だと思います。

 

 

 

 

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「自分の思い通りにならない」その理由。

身軽に生きよう

メルマガで配信したこのPDF 

 

「神様からのテスト」に対してお便りをいただきました。 

 

今の私にも神様がテストを与えているのでしょうね。

年齢的なものもあり(更年期)信じられないくらい

色んな体調の不良が次々と起こります。

1つ治ると次、それが治ると次と言う感じです。

周りの人達が元気そうに見えて、情けなくなりました。

 

私の外来にいらっしゃる特に女性の方は

 

「周りの友達はみんな元気そうにしてるのに」

 

自分と友達を比べて落ち込んだ、とおっしゃる方が

 

何人かいらっしゃいます。

 

女性は、そういう生き物、なのかもしれませんね。

 

男性は、そう思っても口に出すことはあまりないのかもしれません。

 

 

 

 

さて、次々といろんなことが自分の身体や周りで起こる。

 

畳み掛けてくるとき、はいったい、なんでしょう?

 

 

 

それは、「生き方がずれてますよ」というサインです。

 

身体だけでなく人間関係がこじれたり、お金で困ったり

 

いろんなやり方で「ずれてるよ」とお知らせがきます。

 

 

 

何と何がずれているのか?というと、それは

 

「自分の思い通り」と「社会的なこうが良い」のズレです。

 

 

 

私たちは、自分の思い通りにならない!と

 

思うことがたくさんあります。

 

もちろん、魔法使いではないので

 

いくら引き寄せの法則を読んでみたところで

 

その通りにできないでしょう。

 

 

 

でも、それは「自分の思い通り」が「社会的に良いこと」に

 

置き換わってしまっているから、

 

そこでズレがあるから、という理由で

 

その通りにならないことがあるし、

 

ズレてるから、ムリして、そうならない、なれない、

 

「なんで!?」っていうと、

 

心の底では望んでもいないこと、を

 

まるで望んでいるかのように自分をだまし、

 

それに向かってやってるフリをしてること、に

 

疲れてしまうのです。

 

 

 

どうですか?思い当たりませんか?

 

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このブログで、書いたこと。

 

足るを知る暮らし。

 

comuron47.hatenablog.com

 

 

少ない量、足りる量だけ
 
手に入れるのがいいですよね。
 
 
 
わたしたちは、
 
食べる量も、買う量も、抱える人間関係も、労働時間も
 
どうも過剰なのではないか?と思うのです。
 
そのせいで、
 
随分、心身に負担がかかっている。
 
時間がない。お金がない。身体がだるい。
 
 
 
どこかで、不安を抱えながらも、
 
その" 過剰 " な分を減らしてみると、
 
意外と、すっきり身軽に暮らせるのでは
 
ないでしょうか?

 

こう、書いてあります。
 
このブログ記事ではモノについて足るを知る、という視点で
 
書いてありますが、
 
これは「思い通り」についても言えることです。
 
 
 
 
「自分が本当に望むこと」が
 
自家用ジェットに乗ったり、
 
日々の食事が幾つ星のレストランですること、だったり、
 
超高級車に乗ることだったり、
 
社長!と呼ばれることだったり、
 
有名になること、だったり、
 
本当にそれを望むならもちろん、それを心から望む、
 
そうなる、と決めればいいし、やればいいです。
 
 
 
ですが、多くのひとは
 
「あの人もああだから」
 
「あの子があの大学だから」
 
「あそこの家は、どこどこに旅行にいってるから」
 
「これくらいはしとかないと」
 
「普通は」
 
「みっともないから」etc.
 
 
 
様々な社会的な通念によって
 
「自分の思い通り」が本当は何なのか?がわからず、
 
思い通りを欲張ってしまっていませんか?ということです。
 
別に、質素、清貧をめざせ!ではありませんが
 
ホントにそれを望むのかどうか?を
 
自分で考えて、オリジナルな望みを書き出してみることです。
 
 
 
その「オリジナルな望み」と「社会通念的な望み」がずれてしまい
 
やりたくもないことをし続けるから
 
身体や心や、仕事や、お金や、人間関係が
 
こじれてくるのだと私は思っています。
 
 
 
こじれてきたときに、自分と他人を比べるのも、
 
元々の基準が他人目線で決めたこと、だから
 
他人と比べて「私、できてない」ってなるのは
 
当然ですね。
 
 
 
 
自分オリジナルで決めていること、は
 
できてもできなくても、周りと比べる意味がそもそも、
 
ないのです。
 
だから、何度でもチャレンジしたり、勝手にやめたりしても
 
誰も困らないし、自分も傷つく、とかいうわけのわからないことも
 
ないのです。
 
 
 
今日は「足るを知る」を「思い通り」とかけて
 
書いてみました。
 
私は、これに気がついてからどんどん、さらに
 
楽になっていますし、さらに、チャレンジャーになっていっています。
 
周りの人からみたときに、チャレンジャーではなく、
 
自分の生き方についてチャレンジャー、
 
自己満足の世界ですが、これがまた、楽しい。
 
ささやかですが、思い通りになること、が
 
増えてきているし、実際に目の前の光景が思い通りだった、ということが
 
増えてきてるような気がしています。
 

 

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歳を重ねていく自分との上手なお付き合いの仕方。

健康

外来に定期的にやってくる50代女性。 

 

当初はこの水毒による体調不良を改善させてきました。

 

comuron47.hatenablog.com

 

 

そして、最近のお悩みは変化してきました。

 

人の悩みは、一カ所だけ直したら済むのではなく、

 

悩みはマトリョーシカのように、表面を除くとまた、

 

もう一つ置くから悩みが出てくるものです。

 

 

 

 

それを一つ、一つ、丁寧に取り除いていくと、

 

とうとう、「自分の核」がマトリョーシカの一番中から

 

登場します!w 
 

かわいいですね。

 

そこまで、自分と気長に、お付き合いしていけばいいのです。

 

 

 

 

その女性は、一つ悩み事を解決、体調も良くなっていたのに、

 

「また、こんな風になっちゃって」

 

落ち込んでおられました。 

 

「せっかく上向きだったのに.....。」と

 

ガッカリされていました。

 

 

 

いやいやいやいや。

 

 

 

そう簡単に、すべてがオッケー

 

上昇気流なんて、なりません。

 

だって、人は日々、歳をとっています。

 

人は放っておけば、下り坂、なのが自然なこと。

 

そこを忘れて、上り坂求めても仕方がないのです。

 

まずは、「人は日々、歳をとって、下り坂が自然」

 

これを覚えておくことです。

 

 

 

そして、その下り坂の勾配をなだらかにしたり、

 

あるいは、下り坂を平坦にする、

 

それくらいな意識でいるのがいいですね

 

 

 

「上向き」を目指してみたものの

 

うまくいかず、放り出しておしまい。

 

諦めた。絶望した。

 

これだと、アップダウンもはなはだしく、

 

誰からみても「あの人、今、近づけないよね」って

 

なるのです。

 

 

 

そうではなく、

 

大まかにみて、なだらかな下り坂か平坦な道である。

 

そして、顕微鏡でみてみると

 

実はそのおおまかな道だって小さくアップダウンするのが

 

自然です。

 

 

 

ですから、その患者さんの女性にも、そのように

 

お話しました。

 

「当然、小さなアップダウンがこれからもあるのが自然だし、

 

それがあるから、調子を出したり、ゆるめたり、

 

人間関係を整理したり、用事をキャンセルしたり、

 

そこでご自身でするのが、健康管理だったり、

 

人生の舵取りになったり、

 

そういうことですよ」と。

 

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女性は安心されました。

 

きっと、これから上向きになって、張り切っていこう!!

 

がんばらなきゃ!!と思って頑張りすぎてて

 

今回は、ムリがたたり、風邪と関節を痛めてしまったのでしょう。

 

ムリし過ぎると、ちゃんと、身体はストッパーを働かせてくれてます。

 

そこで、変に薬で抑えたりして

 

誤摩化し続けていくと、ある時、

 

なだらかな下り坂は、ガクンと、一段、階段が下がるでしょう。

 

あまりにムリがひどければ、

 

何段もガクンと、いくでしょう。

 

 

 

そうならないように、

 

細かいアップダウンがあるのです。

 

 

 

 

私の外来でも、小さな変化に敏感に感じ取り、

 

食べるものを控えたり、変えたり、

 

あるいは休養を上手にとることができるひと、は

 

90代の高齢になっても、上手に暮らしています。

 

そして、穏やかです。ニコニコしていますが、媚びません。

 

身なりも小さなブローチをつけたり、

 

下着も季節の変化で新しい清潔なものに切り替えたりして、

 

お金をかける、なんてことではなく、

 

自分に気配りをしています。

 

 

 

穏やかな下り坂が自然。

 

その中で、小さなアップダウンを上手に乗りこなせる人は

 

人生の上級者です。

 

大きな目に見えるアップダウンを繰り返している人は

 

まだまだ、上級者の方から学べることが

 

たくさん、あります。

 

 

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「自分のことがわからない?」本当はどうなの?

自分そだて。

今日は人とたくさん話をしてきたので、

 

メモがわりに思ったことを書かせてもらいました。

 

 

 

 

いくらブログ読んでもメルマガ読んでも、 

 

それを真似しようとしてもムダです。

 

他人の書いていること、しゃべっていること、を

 

真似しようとしても、できるはずがないです。 

 

 

 

どうしてでしょう?

 

 

 

それは、他人が言ってることはその人の生きた経験であって 

 

聞き手は単に聞いたり、見てるだけです。

 

聞いて、見て、「へー、すごーい♡それって、でも、 

 

○○さんだからできてるんですよね〜。 

 

私にはムリそう」って死ぬまでやってるのです。 

 

 

 

別に、その生き方がいけない、と言ってるのではなくて、

 

「私はこうこう、こうなりたいんです」と言うのなら、

 

そろそろ覚悟を決めて

 

聞いたこと、見たこと、を

 

自分の経験とブレンドさせて、自分のやり方に変換して

 

それを、実際に試さなければ

 

自分の人生を創り上げるなんてことはできないです。

 

 

 

他人の言うこと、をそのままやろうとして

 

コピペできるはずがない。

 

逆に、何を書いても言っても響かないひとは、

 

どこかの誰かの経験を盗んで書いてるだけ、

 

言ってるだけ、だからです。

 

 

 

 

「でも、私なんて大した経験してないですし〜」って

 

これまで何十年生きてきたのはすべて経験です。

 

「大した経験をしたい」と思ってやってきてできなかったことが

 

大事な経験です。

 

「私なんて」と言い続けて、自分を抑え続けてきたこと、も

 

大事な経験です。

 

たくさん、生きてきた分、経験はそれぞれみな、しています。

 

 

 

 

価値観すら違うひとのことを、真似できないでしょう。

 

でも、エッセンスを抜き出すことができるのです。

 

そのエッセンスを抜いてきて、

 

「自分の経験」というエッセンスと掛け合わせて

 

オリジナルエッセンスを作って試せや!!

 

思います。

 

やれや!ほんとに。

 

と、たまに、男の人のようになってしまいます。

 

でも、仕方がありません。

 

 

 

 

なぜなら、

 

そろそろ折り返し地点なので、いい加減に、

 

始めてみようかな、と思って」とか、

 

言ってる人がいるのをみると、

 

「どうして、今、折り返し地点と勝手に決めてるんだろう?」と。

 

平均寿命というものを信じている、わたしもきっと

 

80歳くらいまで生きてる、前提。

 

 

 

その呑気さをみてると、病気になって、

 

「なんでもっと早くしなかったんだろう」と

 

亡くなっていった患者さんの顔、一人一人、思い出すからです。

 

だから、呑気なひとをみてると、

 

たまに、イラっというか、

 

時間の有限さを本当に自覚されてないんだな、と

 

その自分の魂をいかにおざなりに放置してる加減に

 

お節介心が出てしまうのでしょう。

 

 

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「自分のことがわからない」というのは

 

本当はものすごくわかっているけど

 

実際に、本当に嫌な見苦しい自分を今更、さらしたくない、

 

自分にも、他人にも、みんなにも。

 

だから「自分のことがわかりません」と言うのもあるでしょう。

 

 

 

 

ほんと、みっともない姿、の自分をさらす、

 

それの姿で生きるっていうのは

 

やってみないとわからないです。

 

情けないし、ダメだし、泣けてくるほど、の自分で

 

生きていってみる。

 

辛くなるし、やめたくなるし、また綺麗な衣装着ちゃえ!って

 

思うこともあるでしょう。

 

また、前のように何となく、やっててもいいじゃん!と。

 

 

 

 

すると、あるとき「あれ、でも、これでも平気じゃない」という

 

自分のブレイクポイントがやってきます。

 

それまでは、さらけ出していくしか、ないのです。

 

それをすると、もちろん、今まで、

 

かっこ良い感じでキメてた自分にベタベタしてた人たちは、

 

去っていくし、一人ぼっちになった気分にもなります。

 

それでも、そういう自分に付き合ってやれるのは

 

他でもない、あなた自身だけです。

 

 

 

やれ、親がどうの、パートナーがどうの、

 

誰も認めてくれないんです。って

 

あなた、自分のこと、認めてないでしょう?と言いたいし、

 

まずは自分が

 

「ま、これがわたしだし、仕方ないよね」

 

開き直ることをしない限り

 

なぜ、大人になってまで、

 

他人のことを認めてあげて、褒めてあげて、

 

癒してあげなければならないのですか?

 

他人だって、自分のことで、いっぱいいっぱい。

 

 

 

 

いいね、押してたってそれは本当にいいね、と思ってるか、なんて

 

わからないのですよ。

 

いいね、って押しただけで、いいね、って思ってないかもだし

 

それを求めて血眼になる必要なんてないです。

 

 

 

他人の評価より、自分の評価。

 

他人の目線より、自分の目線。

 

他人の意見より、自分の意見。

 

他人を大事にする前に、自分を本当に心から大事にする。

 

 

 

それを、やれ、ご飯作るのめんどくせーとか

 

自分の身体に入れるものすら、

 

しなびた野菜、残り物のおかずを、自分の口に入れるなどというのは

 

まったくもって、そうなってるのは仕方ないだろう、と

 

本当に思います。

 

 

 

 

いったい、何だったら自分のために、やってやれるのですか?

 

何だったら自分に手間かけてやれるのですか?

 

めんどくさい、手間かかる、って

 

他人にばかり求めて、誰かにやってもらおうとするその心が

 

良くない、ということです。

 

 

 

 

自分でまず、心を込めて自分にやる。

 

恥ずかしい自分の姿、心を自分でみて、感じて、

 

ひどいな、と思って、それでも「ま、これがわたしだし」とわかること。

 

それで、生きてくと決めること。

 

そういう自分を大事に扱うこと。

 

 

 

そこから、です。

 

他人のセミナー、本、参考になっても、きっかけになっても、

 

その先の作業をやるのは自分であって、

 

本気でやらねば、できないです。

 

 

 

 

私は、一生懸命書いていますが、

 

それをどう、とるか?もその人次第だし、そこで一喜一憂をするのは

 

自分を痛め付けるだけ、なので、一切気にならなくなりました。

 

だって、それだけ真剣に自分を生きてきたので。

 

イヤなのは、「そんなにがんばらなくても」と

 

勝手に人をいたわりたがるひとです。

 

ほっとけや!と思います。

 

がんばってる人をいたわるヒマあったら、

 

自分も何かしたらいいです。

 

 

 

今日はざっと、話して、そうそう、

 

こういうことを言いたかった、ということを

 

ばばばばっと書かせてもらいました。

 

読み苦しかったら、ごめんなさいね。w

 

 

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優しさと同情の違い。

ひと付き合い
こんなメッセージをメルマガ読者さんからいただきました。 
 
朋子さんのメルマガを拝読していて
また、自分の両親を見ていて感じるのは
そうやってガマンしている
夫婦がとても多いんだろうなと
 
そういった人たちが、同じように
そういったガマンをすることを
周りの人たちに、自分たちがそうだったから
そうするのが当たり前、というふうに
伝えたり教えないでほしいな
と思いました。
 
我慢をして優しくする。
 
それを他人にし続けていくと、自分はいじけていきます。
 
そうしたいから優しくする。
 
それを他人にし続けていくと、自分はとても幸せな気持ちで生きられます。
 
 
 
我慢をして同情する。
 
それを他人にすることは、他人をバカにしていることになります。
 
そうしたいから同情する。
 
それを他人にし続けることは、他人を自立させることから遠のかせてしまいます。
 
 
 
 
人から何を頼まれたとき、思わず引き受けてしまい、
 
後から後悔したことはありませんか? 
 
例えば、学校のPTA役員、町内会の役員など、
 
引き受けて地域活動に貢献する人。
 
何らかのボランティア活動に汗を流す人。
 
私も、子どもの学童や小学校の役員を順番に引き受けていますが、
 
「今年はやろう」と決めてやるときと、
 
頼まれて断れずに引き受けたときは、心構えが違いますね。
 
 
 
我慢してまで、やらなくていいのです。
 
雰囲気的に、我慢してまで何かをするのは仕方がない、というのが
 
ありますね。
 
本当にそうなのかどうか?妥協ではなく、きちんと落ち着いて
 
考えてみる必要があります。
 
 
 
「よかれ」と思ってやったことも、
 
「自分の優しさ」には限りもあるんだ、
 
ということをわきまえておく必要があります。 
 
 
 
 
優しさゆえの「同情」が、
 
自分の肩の荷を重くし、何もかもひとりで背負い込んで、
 
自分を潰してしまうこともあるのです。 
 
 
 
 
私の周りでもありました。あるお母さん。
 
子育てにプレッシャーを感じ、毎日キーキーしているのに、
 
「ママ友から役員を頼まれ、断れなかった」と
 
幼稚園の役員を引き受けたところ、案の定、子育てと役員に、
 
さらにプレッシャーを感じるようになり、
 
結局怒りの矛先が子どもに向いてしまう。
 
子どもの学校などの生活がうまくいくためのお手伝いとしての役員なのに、
 
自分の子どもに不利益が直接いってしまうのでは
 
本末転倒ですね。
 

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人間関係では、確かに、
 
「人を思いやる気持ち」は大切ですね。
 
 
 
でも、「優しさ」と「同情」を混同すると、
 
本当の「思いやり」ではなくなってしまう

こともあるのです。
 
 
 
 
人から頼まれたことに真摯に向き合い、
 
できるだけ協力することは大切です。
 
一方で同情し過ぎると、そこに誤解が生まれたり
 
本当に解決すべき問題の焦点がずれたり、ぼやけたり
 
自分に過剰に負担がいつの間にかかかってしまって
 
どうにもならなくなることがあります。
 
 
 
 
 
一対一に人間関係の場合、優しい人であればあるほど、
 
相手の苦しみや悩み、相手の弱点を
 
「自分が何とかしてあげたい。」
 
「自分が何とかしてあげなければならない。」
 
そう思う傾向にあるようです。
 
 
 
何とかしてあげたいと思ったときに、
 
「相手が本当に自立するためには?」

という視点を持たないと、
 
返って相手のためにならないこともあります。 
 
 
 
 
私も患者さんに対しては、
 
「優しさ」を持って診療するように心掛けています。
 
でも、患者さんに同情してしまうと、
 
私に完全に依存してしまうのを何度も経験してきました。
 
本来は、「医者いらず」になってもらわなければ、
 
患者さんはしあわせ、ではないはずです。
 
いつも、どこかが悪くて、いつも医者に頼ってなければ不安、
 
それでは、日々の暮らしも安心できないですし、
 
心おだやかではありません。
 
なので、優しさと同情は分けるようにしています。
 
 
 
寄付についても同じように考えてみると、
 
一時的に寄付によって生活が助かって良かった、というのは
 
あるでしょう。
 
でも、その後ずっと寄付に頼り続けなければならなかったら
 
非常に制約もあれば、自分に自信もつかず、
 
常に他人に依存していかなければなりません。
 
それならば、「自分で生活する術」を身につけること、を
 
支援したほうが、お金をはい、と渡しておしまい、よりも
 
ずっと、その人のため、になりそうですね。
 

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一対一の人間関係において、アドバイスをする立場の方も
 
いるでしょう。
 
アドバイスを受ける場合もあります。
 
 
 
その時、
 
「何歳であっても、アドバイスされる側が素直であるかどうか」
 
 ここはとても大切なポイントです。
 
人は素直さがあれば、何歳になっても成長します。
 
自分の悪いと思ったところは直します。
 
もっと良くなろう、と行動します。
 
 
 
でも、素直さがないな、という人にアドバイスをするときは
 
その回数や期間を予め決めておき
 
その間に改善したり、がんばったりしない場合には、
 
「相手を突き放す」ということも、
 
相手にとっては大切な経験をすることにもなるのです。
 
 
 
いつまでも同情して「依存させて」いたのでは、
 
相手はいつまでたっても、
 
何もよくなりません。
 
 
 
「優しい人」にとって、他人を突き放すことは、
 
罪悪感を感じてしまうこともあるでしょう。
 
でも、上に書いてきた通り、
 
本当に相手の自立を思うのなら、
 
時には相手を突き放すことも重要。
 
 
 
 
自分の優しさが同情になっていなかどうか?
 
いつも頭の片隅に置いておくほうがいいですね。
 
そして、優しさも我慢をしてまで与えるものではなく、
 
自分のことがわかって、自分に優しくできたひとが
 
本当の意味で他人にも優しくできるのだ、と思います。
 
 
 
 
身を削ってまで、他人に何かをしてあげること、は
 
崇高な感じがします。
 
信念を持ってそれを喜びとしてやっているのならもちろん、素晴らしいです。
 
でも、確固たる信念もなく、なんとなくいい人でいたいから
 
自分は我慢して他人に優しくする、のでは
 
それをされた方はどうでしょう?という相手の立場にも
 
たってみると、自分の行為も心がこもったものに、なりますね。
 
我慢するくらいなら、しないほうがいいことも、あります。
 

 

 

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子どもが落ち込んだときに親は。

子育て

幾つになっても子どもは子ども。 

 

親子がいる限り、子どものことはいつも心配なのが親だと思います。

 

ただ、子どもに「あなたは心配な存在だ」と

 

言ってしまうのは、私は違う、と思っています。

 

確かに、心配です。

 

でも、親に「あなたのことが心配」と言われる子ども

 

「私は、親に心配をかけるような、ダメな子だ」と子どもは思う

 

ということです。

 

 

 

子どもの成長につれて、様々な出来事が子どもにも起こります。

 

それだけ、親から離れて、少しずついろんな経験を

 

積んでいる証拠ですね。

 

そして、出来事の中には嬉しいこと、だけでなく

 

悲しいこと、落ち込むこと、だってもちろんでてきます。

 

落ち込む度合いに関係なく、子どものそのような姿をみたとき

 

親はどのようにしていたらいいでしょうか?

 

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大事なことはシンプルだ、と思います。

 

「何にせよ、お母さんはあなたの味方だからね

 

それだけですね。

 

あなたは、乗り越えられると信じてるから、何かあったら言いなさい」

 

それだけですね。

 

 

 

「何が起こって、それによってどう感じてて、これからどうするの!?」と

 

根掘り葉掘り聞きたい気持ちは良くわかります。

 

ですが、子どもにもプライドがあります。

 

「親にこんなこと話たらバカにされる」

 

「また、叱られるかもしれない」

 

「悲しませるかもしれない」

 

やはり、子どもは親に心配をされたくないのです。

 

心配ではなく、必要なのは

 

「自分が落ち込んだときに、安心していられる場所」です。

 

安心して、というのは、何を語るでもなく、

 

ただ、そこにぼーっとしていられて、ごはんがあって

 

お風呂があって、寝られて、そういう場所です。

 

 

 

 

子どもは「自分なりにどうにかしよう」と

 

思っています。

 

ですが、親が口出しをし過ぎて、そこに意見を言い過ぎることで

 

子どもは自分なりの解決法を探して、それを試す、失敗する、成功する、の

 

経験を積み損ねます。

 

子どもの世界について、親は知ったような態度で関わりすぎると

 

子どもの世界を壊してしまいます。

 

よく、子どもの口喧嘩、仲間はずれに、親が早々と参入することで

 

余計にこじれて、仲直りするチャンスすら、奪ってしまうことがあります。

 

 

 

子どもを信じる、というのは

 

時間をかけてその状況が良い方向へ変化するのを見守る、ということです。

 

放置、でもなければ、心配、でもありません。

 

心配をする、というのは、「良くない方向へ進んでいくのではないか?」と

 

未来に疑いを持つことにもなるのです。

 

 

 

にこやか、に心配できる人はいますか?

 

明るい声かけを、心配しながらできますか?

 

 

心配をする、というのは、自分の周りの雰囲気もそのように

 

ネズミ色にしてしまうのと、

 

発する言葉もネズミ色になるのと、

 

何より心配している人の顔を思い浮かべてみてください。

 

 

 

毎日、そのような心配している顔の人のそばにいて、

 

子どもは「勇気を持って、問題を解決しよう!」と思えますか?

 

不安になってきませんか?

 

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だからこそ、親は子どもが落ち込んでいるとき、こそ

 

「自分のこと、に励む」のです。

 

がんばりどころ、です。

 

心配は頭をもたげてくるけれども、心配しても良いことは起こらない。

 

だから、自分のこと、に励む。

 

料理をするのも心を込める。

 

仕事をするのも新しいことにチャレンジする。

 

おしゃれ、を普段よりも念入りにしてみる。

 

化粧をするのも、違う口紅を塗ってみる。

 

 

 

とにかく「子どものことが心配だ」をやらないことです。

 

 

 

そうやって、親が「自分のこと、に励む」姿をみて

 

子どもは時間をかけて、自分の道を探すのだと思います。

 

 

 

そして、親の価値観で「その子の良い道」を決めつけないこと。

 

落ち込んだ理由が何であれ、

 

その結果、どうなるのか?も、その子が通る道です。

 

いわゆる、世間の目や、常識でみた「これが良い道」を

 

子どもに押しつけないことです。

 

 

 

 

もちろん、ひどいいじめ、を見守れ、とは思いません。

 

子どもがヘルプを求めてきたら、どんな場所にでも出向いて

 

親は、子どもを守るべきです。

 

それまでは、親は見守る、背後にひかえる、子どもに安心感を与える。

 

子どもが隠れたかったら、安心してエスケープできる場所を与える。

 

それが、親のできること、だと思います。

 

 

 

子ども、と書きましたが、これは

 

大きくなった子ども(大人)、にも同じことが言えます。

 

そして、自分の中の子ども(いわゆるインナーチャイルドといったもの)にも

 

同じことが言えます。

 

「自分の中の子ども」のことをいつまでも心配していたら

 

その子は勇気を持って、そこから飛び出ることはしないでしょう。

 

心配すること、をやめて「良い道へ進めるよ」と勇気を与えて

 

信じることです。

 

先生と生徒、親と子、上司と部下etc.

 

上下関係を意識しすぎると、つい、「心配」をしてしまいます。

 

でも、

 

comuron47.hatenablog.com

 

この記事にも書きましたが、生きてる時間は数十年であって

 

上下関係ができるほど、差がある関係はよほどの人間力の差があるとき。

 

相手を上から下にみて心配するのではなく

 

「一緒にがんばろう」「一緒に乗り越えよう」と、

 

課題にチャレンジする勇気を与え続けること、が

 

少し人生の先輩から後輩にできるアドバイスなのではないでしょうか?

 

そして、上から押しつけ、ではなく

 

共にがんばってみようという並走感を相手に感じたとき

 

その人は勇気も持って歩き出してみよう、と

 

思えるのではないでしょうか?

 

 

 

 

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