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女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

恋愛相談。

ひと付き合い パートナーシップ

無防備さをもっとさらけ出そう」という題名のメルマガを書きました。 

 

自分をより大きく見せようとか、
自分をより素敵に見せようとか、
自分をより賢く見せようとか、
いろんな風に飾りたがります。
もちろん、本音で会話は進みません。

 

どうして、人は自分の無防備な姿を
人に見せたがらないのでしょうか?
もちろん、TPOによっては、
無防備でいられない場面があるのも承知の上で、
大事な場面でこそ、無防備さをさらけ出して、
相手を説得できる場合もあることを、知っています。


人が人によって心動かされるのは、
相手が本気で何かを訴えている。
相手が前進で、何かをしている。
周りなんて関係ない。
ただそれを必死にやっている。
そういう姿を見たときではないでしょうか?

 

こんな感じの内容でした。 

それに対して、恋愛相談がきました。

 

読んでてお返事をしたくなったので、

ブログに書きました。 

何かの参考になれば、うれしいです。

 

以下、お便りからの引用です。

 

恋人には、さらけ出しすぎてはいけなかったのかな、と、

最近別れてから思っています。

彼は年上で、わたしに自分の弱さをさらけ出せなくて、

年上の優しい彼氏を演じ続けた結果、

自分が苦しくなってしまったり。

わたしに怒りたい時も怒れなかったり。

もっと合う人と付き合った方がお互い幸せ、

という結論を出したようで、別れることになりました。

別れ際になって、嫌われるかもと思って話せなかった過去を

腹を割って話してくれた彼が、

今の彼がわたしには1番魅力的で、幸せにしたくて。

一緒に幸せに過ごしたくて。

どうしたらいいのかな、とそればかり考えてしまいます。

 

よりを戻したいのか?と思って、いいところや悪いところ、

話したことからこんど付き合うときはどうしたらいいか

書いてみたりしても、さみしいからよりを戻したいのか?と自分を疑ったり。

相手あってのことなのに、伝えないままモヤモヤとしています。

 

無防備さをお互いさらけ出せる人と一緒にいた方が幸せなのかなぁ、とか、、、

さらけ出してくれない人とは、どうしたらうまく付き合っていけるんでしょうか。

諦めた方が本当に幸せなのかなぁ。

相手が無防備さをさらけ出せる自分になるしかないなぁ、と、

やっぱり自分が変わらなきゃ!と思ったり。

甘ったれるために今まで一緒にいたけど、今度は支えたい(私の方が年下なんだけど)

いいパートナーになれたらいいなぁ。

 

 

これを読んだときに、

「こっからじゃないか!」と思ったのは私だけでしょうか?w 
 

これまで、彼女のほうは「甘えるために」一緒にいて 

 

甘えられるということは、無防備さもさらけ出し、

 

きっと居心地は悪くなかったのではないでしょうか。

 

 

一方で、彼の方は、心を他人に開くことに慣れておらず、

 

もしかしたら、自分自身に対しても「自分の声」を聞かないように

 

律していたのかもしれません。

 

 

でも、人が無防備さを他人にさらけ出すっていうのは

 

とても勇気がいることだ、と、私たちは知っていますね。

 

「もし、こんなことを言って、嫌われたらどうしよう」

 

「自分のこんな部分は、隠しておいた方がいいよね」

 

「こんなことをしたい、と言って、引かれるんじゃないかな」

 

「無難なところに、収めておいた方がいいや、合わせておいたほうが」

 

 

 

こんな風に、特に異性に対しては思いませんか?

 

 

 

私は、少なくともそうでしたよ。

 

自分ありき、ではなく、まず相手ありき。

 

私が好き、ではなく、相手はどう思ってるか。

 

私が何をしたいか、ではなく、相手は何をしたがってるか。

 

 

 

そうやって、異性と交流してきた結果、

 

いつも同じパターンでした。

 

私は自分をさらけ出したことは、他人の前では

 

なかったんじゃないかな、と思います。

 

「自然体」というのは、とても怖いですものね。

 

私の自然体は、他のひとにどうみえるんだろう?って。

 

 

 

ですが、人は、「これはまずいぞ、そんなこと言ってらんない」という場面に

 

遭遇したときに、

 

「とりあえず」とか「無難に」とか、言ってられなくなるでしょう。

 

だからこそ、

 

「別れ際になって、嫌われるかもと思って話せなかった過去を

腹を割って話してくれた彼」

 

が登場したのでしょう。

 

必死になる姿は、無防備です。

 

その無防備な姿こと、その人そのものだ、と私も思います。

 

そして、それがとても魅力的なのです。

 

 

 

自分にとっては「恥ずかしい」「みっともないんじゃないか」という姿ほど

 

他人にとっては、魅力的に映ることがあるのです。

 

なぜなら、それこそが「その人そのもの」だから。 

 

なりふり構わず、必死になる姿は、他人の心を動かすし

 

他人の心に何がしかを、ぽつん、と置くでしょう。

 

その姿に、ランクも、ステージも、善し悪しも、正誤もありません。

 

ただ、「その人そのもの」なだけなのです。

 

 

 

私たちは、他人と関わりたいのは、本当は

 

「その人そのもの」をみたいから、知りたいから、なのでは

 

ないでしょうか?

 

根っこでは、そう思っているはずだし

 

自分のことも、「わたしそのもの」を見せてしまいたい、知ってもらいたい、と

 

思っているのではないでしょうか。

 

 

 

だけど、いきなり、は無理なのです。

 

だって、怖いから。

 

勇気がいることなのです。

 

でも、少しずつでも、さらけ出してみることをリハビリしていくのです。

 

リハビリ?ということは、元々はできていたの?

 

 

 

そう、できていたのです。

 

子ども時代、私たちは、みな、無防備でした。

 

だけど、大人になっていく過程で、

 

無防備だと損をする」「無防備だとバカにされる」などの経験を経て

 

「自分を飾る」「自分を大きくみせる」「自分が自信があるようにみせる」など

 

たくさんのワザを身につけてきました。

 

そのワザが邪魔して、なかなか、無防備な姿を

 

自分にも、他人にも、みせることが難しくなってしまったのです。

 

f:id:comuron47:20161130062514j:plain

 

わたしは、誰の前でも、好き勝手にしろ、と言ってるのでは

 

ありません。

 

無防備さとは、自分勝手とは違います。

 

自然体なわたしの姿です。

 

 

 

異性との関係においても、その自然体な姿をみせないまま

 

関係を保つというのは、どうなのでしょう?

 

 

さらけ出してくれない人とは、どうしたらうまく付き合っていけるんでしょうか。

諦めた方が本当に幸せなのかなぁ。

 

 

さらけ出してくれない人。

 

多くのひとは、さらけ出さないでしょう、最初は。 

 

でも、少しずつ、お互いにそれを見せ合うことをしていく。

 

自分ばかり、押しつけるのでもなく、自分も自然体。

 

相手にも、それを許すこと。

 

さらけ出したら「なにそれ」とか、言われたら、

 

カタツムリが角を引っ込めるように、無防備さも引っ込めてしまうでしょう。

 

 

 

どんな姿も、その人なんだ、と思ってみていられるかどうか。

 

 

 

これは、自分にも、子どもを含めた自分以外のひとにも

 

当てはまることですね。

 

 

 

パートナーシップというのも、だからこそ、

 

いきなり、できあがるものでもなく、相当の時間が

 

かかるものだ、と思うのです。

 

最初から、さらけ出しあって、見せ合って、うまくいく、のではなく

 

徐徐に、そうなっていくものなのではないでしょうか?

 

私にも、それはまだ、わからない部分がありますが、

 

きっと、そうなんじゃないのかな、と思っています。

 

 

 

少なくとも、自分を飾り合って見せ合ってるうちは

 

「恋愛ごっこ」であって、それはそれでやりたいならいいですが

 

決してごっこから抜け出ることはないでしょう。

 

 

 

今日の相談についての私の答えは

 

「こっからなんじゃないのかしら」ということです。

 

 

 

 

 

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それでも他人のことが羨ましいのなら。

ひとのこころ 身軽に生きよう

他人と自分を比較することに私は、何の意味もないどころか

 

それによって自分を卑下してしまうのなら

 

まったく害でしかないな、と思っています。

 

 

 

そういう私は、まったく他人と自分を比較しないのか?というと

 

どうなのでしょう?

 

過去には、それは、いろいろ、比較してたかもしれません。

 

たとえば「よい奥さん」「素晴らしい医者」「よい母親」

 

そういう像を探し求めて、

 

そういうモデルになる誰かを探し、

 

その人が書いた文章を読んだり、会いにいってみたり

 

していました。

 

 

 

でも、結局、私は他の誰かになろうとしても

 

そもそもが、違う人なのだから、表面的なことを

 

コピーしたところで、何も満足は得られませんでした。

 

 

 

だけど、今はどうでしょう?

 

私はサボってるのではありません。

 

でも、他人と比較して、「自分がどうだから、こうしなきゃ」

 

それはまっったくありません。

 

 

 

だから、とても楽です。

 

「私はわたし」でいつも気楽にしています。

 

それは、私って最高!!でなくてもいい

 

調子が良いときもあれば、悪いときもある、

 

でも、どちらでも私はわたし、ということです。

 

 

 

けれども、やっぱり他人が羨ましいひとは

 

たくさんいると思うのです。

 

他人が羨ましくなってしまうとき

 

じゃあ、どうしたら、自分がそれをうまく

 

つかっていけるのか?を今日は書いてみますね。

 

 
 
自分より何かしらの面で、すごい人をみると
 
「いいなあ、羨ましいな」とか、 
 
「あの人ばっかり良い思いして、悔しいな」とか、 
 
そういう風に感じたことは 
 
誰にでもあると思います。 
 
 
 
 
でも、よくよく考えてみると、 
 
この「羨ましい」「悔しい」っていう言葉。 
 
「私にはそれはできない」って思ったときに 
 
 でる言葉ですね。 
 

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①羨ましかったらやってみる
 
 
たとえば、かつて私は
 
リッチな人が何も気にせずに
 
素敵なホテルに泊まって羨ましいな、と
 
思っていました。
 
 

「私にはあんな素敵なホテルに 
 
泊まることができない」って思ったから、 
 
「羨ましいな」って思ったわけです。 
 
子ども3人と私で、そういうホテルに泊まるというのは
 
無理だよね、って。
 
 


思ったことが現実となるこの世の中で、 
 
「私にはできない」って思ったら、 
 
「できない現実」が叶え続けられるのですね。 
 
 
 
でも、この夏、私は子どもが「スネ夫が泊まるみたいな
 
プール付きのお部屋のホテルに泊まってみたい」という夢を
 
叶えました。
 
別に、特別な収入があったわけでも、お金をもらえたわけでもなく
 
あったお金を使ってしまって、
 
そういう経験をしたのです。
 
お金を使ってドキドキしましたが、今もこうして暮らせてるので
 
大丈夫、できたのです。w
 
 
 
そして、そういう以前に「羨ましいな」と思っていたホテルに
 
実際に宿泊してみることによって
 
「羨ましいな」▶︎冷静に自分は本当にそれがしたかったのかどうか?が
 
わかるようにもなります。
 
 
 
確かに素敵だけど、ものすごくそこに泊まれなきゃヤダな、
 
というほどのものでもなかった。
 
羨ましい、羨ましい、と言ってると、そうだけど
 
やってみたら、そうでもなかったことは
 
誰でも経験があるかもしれません。
 
羨ましいな、と思っていたときには、
 
それはわからなかったことです。
 
 
 
②「羨ましい」「悔しい」という言葉を変えてみる。

 
 
それでは、次に、身近にいる羨ましい相手に対して、

どんな言葉を使えばいいのでしょうか? 
 
心の中で「羨ましいな」「負けてくやしい」って
 
ずうっと思ってたらいいですか?やですよね。w
 
どうしたらいいか?というと、
 
「すばらしいね」と相手に言うのです。 
 
 


例えば先ほどの例で言えば、 
 
リッチな人があんなホテルに泊まって、 
 
「すばらしい」
 
 
 
あの人はあんなに良い思いをして 
 
「すばらしい」 
 
 
 
同僚が出世して 
 
「すばらしい」
 
 

そうやって、 
 
「うらやましい」▶︎「すばらしい」と 
 
言い換えてしまうのです。 
 
 


つまりその褒める言葉は 
 
「私もそのうちできるはず」という 
 
未来宣言にもなってくれるのです。 
 
 


人が「ああなりたいな」と、
 
今の自分とある部分で違うものに変化しようとするとき
 
必ず、そこには変化に対する怖れも 
 
伴うものです。 
 
だから、 「お金持ちにはなりたいけど、 
 
人からいやらしく見られそうでイヤだな」など、 
 
矛盾したことを 
 
考えてしまいがちです。 
 
 
 
その結果、 
 
「なりたい自分」に対するネガティブなイメージが出来上がり、 
 
「なりたい自分」にはなかなか、到達できません。 
 
 

ですから、 
 
「なりたい自分」があって、 
 
そのモデルになりそうな人がいるのなら、 
 
そこは丸ごと 「すばらしい」と受入れてしまえばいいのです。
 
細かく分析して、「あそこは良いけど、あっちはあまり良くないね」なんて
 
ケチな言いがかりをつけないことです。
 


「すばらしい」と 人を讃えることは、 
 
そう考えてみると、ある意味魔法のことばになるかもしれません。
 
 
 
一人だけでこの世にいるわけではないので、
 
「他人のことは気にするな」と言われたって
 
くらべて「羨まし」って思う気持ちもわかります。
 
でも、自分はじぶんでしかなく、
 
もし、それでも「羨ましいな」と思うひとが近くにいるなら
 
それはチャンスです。
 
「すばらしいね!」って褒めて讃えてしまう。
 
そして、いつも素晴らしいなあ〜、と思っていれば
 
自分だってそれができるし、やればいいんだな、って
 
思うようになるでしょう。
 
口で「いいよね、すごいね」でおしまい、ではなく
 
やっぱり行動してみないことには
 
ずうっと人の後ろ姿に向かって「うらやましい」って
 
言い続けてるしか、ありませんもの。
 
 
 
どういう風に自分が生きたいのか?
 
羨ましがってばかりいないで
 
まずは、自分のことを、もっとよく観察してみて
 
「まあ、いいじゃないの」と思えるなら
 
それが一番だ、と私は思います。
 
羨ましいなら、やってみる、すばらしい!と言ってみる。
 
やってみたら、それが本当はどうなのか?が
 
わかりますし、自分が本当にそれがしたいのか、
 
そのなりたいのか、わかります。
 
 
 

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どこで働いても辛いひとと、どこで働いても楽なひとの違い。

自分そだて。

「仕事を辞めたいけど辞められない」ひとは

 

結構多いみたいです。

 

お便りの中にも、

 

「ここで辞めるのは逃げになるんだろうか?」というようなものも

 

結構あります。

 

仕事というのは、何でしょう?

 

 

 

お金がもらえるものだけが仕事ではありませんよね。

 

家事だって、大変な終わることのない仕事です。

 

 

一つ、私が大事だなと思うのは

 

「仕事=自分」ではない、ということです。

 

文字にすると当たり前じゃないか、と思えるのですが

 

わりと、「仕事=自分」という人は

 

多いのではないですか?

 

仕事は確かに起きている時間の中で、占める割合が多いです。

 

なので、仕事の評価が自分の評価

 

仕事での人間関係が自分の人間関係、

 

そのようになってしまうのも、わからなくもありません。

 

 

 

 

でも、「仕事=自分」ではありません。

 

仕事のためだけに生きてるのでもありません。

 

あくまで、生きるために必要なお金を得るためだったり

 

自分の役目を果たすために仕事をしている人もいるでしょう。

 

でも、「仕事=自分」ではありません。

 

 

 

 

さて、どこで働いても辛いひとと

 

どこで働いても楽な人がいます。

 

それはどこが違うのでしょう、考えてみましょう。

 

 

 

 

たとえば、仕事をしていると、その組織の中で

 

昇進や昇級といった物差しが一つありますね。

 

あるいは、「これができる」「あれができる」といった

 

資格を含めた個人的なスキルの物差しもあります。

 

そして、それらは、明確に他人と比較される

 

他人みるときにそういう物差しで測っているひとは

 

自分をそれで苦しめています。

 

仕事の中でも、「自分と他人をそういう物差しで比較して

 

自己卑下して、ダメだ」となる。

 

 

 

 

ですが、果たして仕事においてそのような物差しで

 

自分を苦しめるのは、どうなのでしょう?

 

計算ドリルや、漢字ドリルでどこまで進んだか?

 

大学受験で、どこに合格したか?

 

そして、社会人になっても、まだ、そういう同じような

 

昇進、昇級、資格などの、物差しで他人と競っていたら

 

それは、抜け出せない苦しさだろうな、と思います。

 

 

 

それは、主婦であっても同じでしょう。

 

よその家の大きさ、よその家の車、

 

よその家の子の習い事、よその家の旦那の給料、

 

よその家の休日の過ごし方、

 

比べたら、いろんな物差しがそこにはあります。

 

 

 

医者の世界だって、あります。

 

いくつ論文を書いて、インパクトファクターを何点持っている、

 

いくつの症例を手術したか、

 

いくら稼いでいるか、

 

キリはありません。

 

 

 

ですが、そういう部分で、自分の立ち位置を確認していたら、

 

小学校のドリルの頃と、何も変わらず、

 

「いつも追われているような辛さ」があるのでは

 

ないでしょうか?

 

 

 

じゃあ、どうしたら、そういう辛さから抜け出せると思いますか?

 

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仕事においても、「自分は何がここでできるのか?」を

 

きちんと考えることです。

 

やれ、ポジションがどうの、資格の有無がどうのなどの

  

物差しで自分の位置を確認するのではなく、

 

「自分がこの場所で、発揮できることはなにか?」

 

「今日、職場で自分を活かせることはなにか?」

 

「自分が楽にできることはなにか?(得意分野ということ)」

 

 

 

「自分が今日できること」

 

「自分がこの職場でできること」

 

「自分が活かせる得意なこと」

 

そういうことを、意識して、探して、やっていくのです。

 

 

 

 

たとえば、私は医学博士を取得していません。

 

なので、医学博士という賞状を診察室に飾ることはできません。

 

ですが、私ができる診療というものがあります。

 

それは、別に内科認定医をとったからできることでもなく、

 

博士号を持ってないからできないことでもなく、

 

「私だからできる診療」があるのです。

 

それは、私がこれまで42年間生きてきた土壌によって

 

育まれてきたものです。

 

 

 

そういうと、「私にはそんなすごい土壌がない」とか

 

意味のないことを言う人がいますが、

 

そういうことではありません。

 

自分の土壌にすごいも、すごくないもなく、

 

生き様がそれであって、自分を育んできた環境や人間関係がそれです。

 

比べる意味はまったくありません。

 

 

 

自分の持つ土壌を活かしながら

 

そこに、「これなら自分が楽に気持ちよく、発揮できる」という種を

 

どんどん、蒔いていくのです。

 

そうすることによって、昇進、昇級、資格などの物差しとは

 

まったく関係ないところで、

 

「自分だからできる仕事」が増えていくでしょう。

 

 

 

辛くなるのは、ありきたりの物差しに自分を当てて

 

「これが今の自分だ、ダメだな」と決めるからです。

 

他人のこともまた、「あの人は、こうだから」と判断してるのでしょう。

 

 

 

どこで働いても楽なひとは

 

その場、その場で、自分ができることを探し、

 

それを伸ばしていきます。

 

他人との比較ではなく、自分を活かすことを知っています。

 

 

 

それがたとえば、人当たりがよく、顧客の話を傾聴できる、とか

 

イデアを出すのが得意で、前例のないことを企画することが得意とか、

 

何があっても体力だけは自信があって、コツコツ継続することは負けないとか、

 

そういうささやかなことでいいのです。

 

ずばぬけて、他人から秀でる必要はなく

 

「自分が楽に発揮できること」を見つけて、それを継続するだけです。

 

 

 

インスタントに成果が出ないとか

 

何も変わらないじゃないか、とか

 

そういう風に焦る必要はありません。

 

だって、これまではもっと何も意識しないで

 

やってきたのですから。

 

そこにある一定の時間いさえすれば、給料がもらえるような人も

 

私は知っています。

 

今から、そこをきちんと意識して、半年やっていったら

 

それは大きく仕事(家事を含む)に対する自分の取り組みは

 

変わるでしょう。

 

 

 

「取らなきゃならない資格のための勉強」ではなく

 

「ここがもっと知りたいし、深めたいから勉強したい」となる。

 

「やっつけ料理で、毎日ごはんを作る」ではなく

 

「もっと身に染み入るご飯を作りたいから、料理を丁寧にする」となる。

 

など、例をあげればキリはありません。

 

 

 

そのように考えただけで

 

今やっている仕事だって、家事だって

 

未知数に可能性はあるのです。

 

それを狭めているのは、つまらないありきたりの既存の物差しに

 

自分や他人を当てはめて苦しんでいる、あなた自身です。

 

 

 

そう簡単に、転職したり、仕事を辞められないからこそ、

 

今やっている仕事、今いる職場、今の家庭でできること、

 

まずは、それに今日書いたようなことを意識して

 

これまでの物差しは一旦、置いて

 

半年過ごしてみてください。

 

 

 

何も発見がない、とうことはないでしょう。

 

「あ〜、こんなに適当に惰性でやってたのは自分なんだな」

 

「あ〜、職場のせいにしてたけど、そうじゃなかったかも」

 

「あ〜、人のせいにしてたけど、自分だった」

 

いろんな発見があるだろうし

 

「じゃあ、もう少しこうしてみよう」

 

「これまで知らずうちに、助けてもらってたのだから

 

少しでも、今度は助けることができるように、がんばってみよう」

 

いろんな視点が手にはいるだけでも、

 

辛さから、楽へ、自分が移ろっていくのを実感できるはずです。

 

 

 

 

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どうしたらいいか分からない理由。

ひと付き合い 自分そだて。 身軽に生きよう

「わたし、もう、どうしたらいいのか 

 

わかりません」

 

こういうお便りがきたら、いったい何と答えたらいいのでしょう。 

  

「いつまでこれが続くんでしょうか?」 

 

他人に聞くのは、自分の人生をまったく

 

操縦してないし、いったいから。 

 

誰に運転を任せているのでしょう?

 

自分がどうにかしようと思えば 

 

どうにかなる。

 

 

 

でも、それには覚悟決めなきゃ、無理です。 

 

 

 

覚悟というのは、今から急に何か難しいことをするための

 

覚悟ではありません。 

 

 

 

 

自分が間違えていたのなら

 

それをただ、認め、そのことを身近な人に

 

きちんと伝える覚悟。 

 

 

 

自分が調子が悪いなら、調子を悪くする行動を辞める覚悟。 

 

 

 

誰かと一緒にいて、自分があまりにつらいなら

 

その人と適正な距離を置く覚悟。 

 

 

 

それらをすることによって、

 

自分の周りで起こる変化を自分が引き受ける

 

そういう覚悟を決める、ということです。

 

 

 

 

そして、「気づきがあった」からといって

 

「はい、よくわかりましたね〜。

 

じゃあ、今から順調に楽にしてあげようね。」なんて

 

神様がいたとしても言うはずがありません。

 

今まで自分がしてきたこと、

 

積み重ねてきたこと、

 

それらの中で「ここは間違えてたな」と気がつけた。

 

気がつけたら、おしまいじゃない。

 

そこから、やっとスタートするのです。

 

「いつまでそれが続くのか?」なんて

 

まだスタートしたところで、聞くことではありません。

 

 

 

気がついたことがショックすぎて

 

聞いてもらいたいのなら、

 

誰かに聞いてもらうのはいい。

 

だけど、それを本当に伝えなければならない人は

 

だれですか? 

 

本当に向き合うべき人は誰ですか?

 

何も聞かずに「うんうん」と聞いてくれる人は

 

必要かもしれない。

 

だけど、それだけしてても

 

「気がついた」だけで、何も変わることはないでしょう。

 

 

 

 

「どうしよう、どうなるの?」と言うのではなく

 

「自分ができることはなんだろう?」と

 

自分の頭でしっかりと考え、それを実行すること。

 

一度でうまくいくはずがない。

 

何年もかけてそうなったことが、はい、おしまい、

 

もう大丈夫だよ〜なんて、痛みも何もなく

 

済むはずがないのです。

 

何の方法をつかっても、やることは同じなのです。

 

表面的に、一時的にヒーリングやら、なにやらしたところで

 

根本的には解決しません。

 

 

 

 

大事な人に、生まれて初めて誤らなければならないかもしれない。

 

泣いてお詫びしないといけないかもしれない。

 

本当は、何より大事で、愛しているのだ、と

 

泣き続けなければならないかもしれない。

 

 

 

大事なものを大事にする、というのは

 

そういうことでしょう。 

 

誰かに自分の状況を話して

 

「そういうこともあるよね」と共感してもらうことじゃない。

 

誰かに、慰めてもらうことじゃない。

 

本気で、大事なこと、大事なものを

 

失わないようにするためには

 

自分が丸裸になって、恥も何も捨てて

 

本気で相手に向き合って、ぶつかるしか

 

方法はない、と思います。

 

 

 

いろんな職業があって

 

ヒーリングやら、カウンセリングやら、コーチングやら

 

いろんなことがお金を払うと受けることができます。

 

でも、それを受けても

 

「相手に本気で向き合って、ぶつかって

 

めちゃくちゃになっても、逃げない」

 

こう、覚悟を決めない限りは

 

「わたし、もう、どうしたらいいのか 

 

わかりません」

 

こういう状況が好転することはないでしょう。

 

f:id:comuron47:20161121162844j:plain

 

自分のイタいところを、隠したい。

 

自分だって、わざとそうしたんじゃない。

 

だって、気がつかなかったんだもん。

 

私だって、同じように育てられたんだし。

 

仕方ない。

 

自分は悪くない。

 

 

 

 

そういうことを心のどこかで思っていると

 

きっと、大事なことや大事なものは

 

いつの間にか自分の目の前から

 

するりと、消えてしまうでしょう。

 

 

 

 

 

それがイヤなら、自分の人生の操縦は

 

自分でするのだ、と決めて

 

「こうしたい」「こうなりたい」現実に向かって

 

取り組んでいく、時間をかけるしか方法はありません。

 

そこに、魔法なんてありませんから。

 

いくら、すごそうな人に何をしてもらっても

 

人と人との関係のあいだには、それ以外の他人は

 

入れません。

 

 

 

相手が待っているのは、あなたなのではないですか?

 

相手が本当に話を聞いてもらいたいのは

 

あなたなのではないですか?

 

そのあなたが

 

「わたし、もう、どうしたらいいのか 

 

わかりません」

 

そんな逃げ腰で、どうにかなると思ってるのでしょうか?

 

 

 

私は誰かの代わりになんてなりませんし

 

誰かの代わりに代弁するなんてことはいたしません。

 

ただ、思ったこと、感じたことを

 

綴るまで。

 

そこから先、感じたり、気がついたことは

 

それぞれの人生の中で、自分の相手に対して

 

取り組むべきこと。

 

ヒントはいくらでも、差し上げられても

 

それをどこで、どう使い、どうしたいのか?は

 

それぞれの方々が決めて、実行して、時間の経過とともに

 

自分と周りの人が、よくなっていけばいい

 

思っています。

 

 

 

覚悟を決める。

 

いつまでも、乙女でいたらいけないのです。

 

いつまでも、青年でいたらいけないのです。

 

人は、元々恥ずかしいものだと私は思っています。

 

今更、恥だ、いやだ、みっともない、なんて

 

ほんと今更なことであって

 

今頃、気がついたの?と思います。

 

 

 

もともと、恥ずかしいんですから、

 

心を裸にして、みっともない姿を

 

大事な人の前にさらけ出すこと。

 

人の心を本当に動かすのは、そういう必死な行動だと

 

私は思うし、

 

そのように必死に、自分のために行動してくれる人をみたら

 

何も伝わらない、ということはないでしょう。

 

ただし、そこに、自分を守ったり、自分を正当化する意図が

 

一ミリでも混ざったのなら

 

何一つ、伝わらないまんま、糸はほつれたまんま。

 

 

 

「大人になる」というのは、

 

自分を自分として、どうしようもない部分も

 

まずまずな部分も、わかっている上で

 

大事なもの、大事なことのためなら

 

なり振り構わず、一生懸命になれること。

 

他人をコントロールするのではなく

 

自分を常に見守ることができるひと。

 

それが大人になる、ということなのではないでしょうか?

 

 

 

 

「誰々が、ああで、こうで」

 

そう言う前に「あなたはどうなのですか?」と

 

私は聞きたいです。

 

 

 

「自分のことは自分でする。」

 

突き放すのでもなんでもなく

 

性格を治す薬がないように

 

自分のことを誰かにやってもらえる薬もまた

 

ないのですから。

 

 

 

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理由を問わない優しさ。

ひとのこころ ひと付き合い

人が成長していく中では 

 

それまで頑張り過ぎたり、

 

無理をして合わせようとしたり 

 

実際にそうすることを強要されたり 

 

いろんなことで、本来自分はこうしたい、ということが

 

わからなくなり、結果、止まることができず

 

そして、心身に様々な症状が出てきます。

 

 

 

たとえば不登校

 

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他にも、会社に行けなくなったとか 

 

何もする気持ちが起こらないとか

 

いろんな症状が心身に起こることが、生きてたら

 

誰だってあると思います。

 

 

 

ここで、一つ、大事なことがあるのです。

 

心身に症状が出ているということは

 

心にたくさん、溜め込んだものがあるから

 

身体に相当無理をさせたから、なのです。

 

そういう人に対して

 

「なぜそうなったの?」「なんでそうなの?」と

 

問いただしたところで、本人は答えが分かるはずがないのです。 

 

 

 

 

それを出すチャンスを奪われ続けたり

 

あるいは、感じるヒマもないほど、追われていたり

 

自分であるいは、人並みに合わせるために隠していたりしてたから、

 

心身がサインを出しているのですから。 

 

「なぜ?なんで?」を言えてたら、感じて改善してたのなら

 

そうなってないのです。 

 

 

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ところが、身近な人が心身の調子を崩して

 

学校へ行かない

 

会社を辞めたい

 

子育てがしんどすぎる

 

何もしたくない

 

などの結果が目の前に現れたとたん、

 

「なんで?どうして行かないの?!」

 

「原因を調べないと」

 

「理由はなに?」

 

そうやって、一気にまくしたててしまう傾向にあるようです。

 

そして、その症状は何の病気からなのか?

 

病院にやってきて、あらゆる精密検査を周りの人が希望することも。

 

何も、「これが原因です」という病気がないと

 

納得がいかない!とばかりの勢いで。

 

 

 

こういう時に

 

いくらキツく問いただしてたところで

 

何も良いことはありません。

 

 

 

こういう時こそ、「理由を問わない優しさ」も私は

 

大切なんじゃないかな、と思っています。

 

そうなってしまったことについて

 

「そうなの。少し休んだらいいよ」と

 

ただ、安全地帯を用意してあげられるのかどうか? 

 

そこは、そうなった本人の今後を大きく分けるでしょう。

 

 

 

人の人生のバイオリズムなんてわからないし

 

落ちるときは、落ちるところまで行くかもしれない。

 

ですが、落ちたまんまなのか?というと

 

それもまた、難易度が高いと思います。

 

どうしたって、下がれば上がる。

 

ですが、「なぜ?」「なんで?」については

 

理由を問うて、「正しいそれの答え」なんてなくたって

 

その本人がまた、「元気になったり、気分よく生きられること」が

 

一番大事なことなのではないですか?

 

 

 

そこを忘れてしまうと、

 

一日でも早く学校へ通わせなければ

 

仕事は辞めたら絶対にいけない

 

子育ては母親がするものだetc.

 

辛い本人、症状を出してやっと説明をしている本人にとっては

 

更に理由を問いただされることは、酷だよな、と思います。

 

 

 

どうして、そんなに理由を知りたいですか?

 

どうして、そんなに答えを知りたいですか?

 

本人が辛くなくなることがまず、大事じゃないですか?

 

少しでも、「今日はよかったな」と思える日ができることが

 

大事なんじゃないですか?

 

 

 

ずれてしまうと、どんどん、周りの人によって

 

症状が出ている人たちは追い込まれるでしょう。

 

本人だって、「どうしてこうなっちゃったんだろう?」って

 

思ってるのですよ。

 

それを、「相手が納得する答えを出さなければ、そこに居られない」

 

そんな風に身近なひとをしてしまうことは

 

私は良くないな、と思います。

 

 

 

私たちは、少し焦りすぎなようです。

 

何でもインスタントに答えを知りたがる。

 

こうなると、ああなる、の道筋を正したがる。

 

因果応報なんだから、と、結果を得るために

 

原因を知りたがる。

 

そりゃ、もちろん、同じ過ちを繰り返さないように

 

原因を知ることが大事な場面だってあります。

 

 

 

 

でも、「時間をかけても原因も理由もわかないことだって

 

世の中にはあるんだよ」ということを

 

頭の片隅に入れておくことで

 

人は、あまり人を責めたり、

 

人は、あまり人を問いただしたり、

 

人は、あまり自分を正当化するために相手をいじめたり

 

そういうことは減るんじゃないかな?と思います。

 

 

 

心配だから、知りたい。

 

それは当然、気持ちとしてはよく分かるのです。

 

でも、知りたくても、わからないことだって

 

たくさんある。

 

知らないことを、知ることは

 

自分にも、他人にも優しくするためには

 

とても大事なことです。

 

 

 

 

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持久力と瞬発力を発揮するためには。

身軽に生きよう 自分そだて。

今日は、どうして私は

 

なるべく予定を詰め込まないように 

 

なるべく何もしない時間を配備しているのか? 

 

人との関わりについても、無理をしないのか? 

 

その理由を書いてみます。 

 

 

 

日々の暮らしの中で、持久力と瞬発力が必要とされます。

 

 

 

持久力を発揮する場面というのは 

 

•毎日情報発信をする

•子ども達の日常的なお世話をする

•病院で仕事をする

•様々な家事

•自分の身体のメンテナンスをするetc.

 

 

これらを継続してくのには、持久力が必要になります。

マラソンと同じように、日々、積み重ねることを

やめることができません。

決めたら、やる、という場面では

持久力が必要です。

 

 

一方で、瞬発力を発揮する場面というのは

 

•子どもが急に病気になる

•急患が来て、それに対応する

•セミナーをやってから、急遽、頼まれた夜間診療をする

•子どもの習い事の送迎に加えて、

夕方、買い忘れた買い物に行く

 

 

ある程度予定はしていたけど、さらに何か加わったり、

まったく予定していなかった出来事が起こったときに

すぐさま、その場で対応せざるを得ないときに

瞬発力が必要です。

 

 

 

そして、私たちは、やるべきこと、やらねばならぬことを

やるためだけに生きているわけではありません。

 

 

これらの日常生活の中に

 

「自分はどうしてもこれはやりたい」を

 

うまく組み込むのです。

 

 

 

たとえば、私なら

 

•セミナーをやる

•勉強会に自分が参加する

•遠出をして、人に会うetc.

 
 

これらは、日常的なことではなく、

 

どうしてもやりたいことであって、

 

「絶対に外したくないこと」でもあります。

 

 

 

日常生活を送る上で、持久力を維持しながら、

 

瞬発力を時に発揮する。

 

さらに、その中に「自分はどうしてもこれはやりたい」を

 

組み込む。

 

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昨日から今日の私で例えると、

 

自分がずっとやってみたかったセミナーを開催して、

 

出汁がらのようになって帰宅。

 

夕方の家事をしてから

 

急遽頼まれた夜間診療のバイトが入ってました。 

 

そして、帰宅して、やっと寝始めたら 

 

「吐く、吐く」と子どもに起こされるのです。

 

やっと、末っ子と私の胃腸炎が改善してきたと思ったら

 

今度は長男が胃腸炎になってしまいました。

 

夜通し、「吐く」と起こされながら

 

背中をさすり、「明日は一日外来だよな」と

 

思うしかないのです。仕方ないですね。

 

朝起きて、息子に薬を与え、外来へ出向く。

 

車の運転に要注意。こういうときこそ、

 

持久力が必要です。

 

いつも通りの持久力を維持するように意識して、

 

変に焦ったり、コントロールしようとしないことです。

 

 

 

外来の合間に一度帰宅して、子どもの様子をみる。

 

一日仕事を終えて、帰って子どもにご飯をあげて

 

また、今夜は夜間診療のバイトがはいっているのです。

 

 

 

こんな日は、毎月はありません。

 

ですが、こんな日々には普段の持久力に加え

 

瞬発力で乗り切るしかないのです。

 

病み上がりの身体でも、省エネモードで瞬発力を発揮できるのは

 

私は普段から

 

なるべく予定を詰め込まないように 

 

なるべく何もしない時間を配備し

 

人との関わりについても、無理をしないようにしているから

 

なのです。

 

 

 

私はこの大変な時期を乗り越えたら

 

心身を休ませるために

 

予定をキャンセルしたりして

 

何もしない時間をすでに配置しました。

 

 

 

物事に優先順位をつけて

 

「今は休むほうが優先」となれば

 

自分で予定をキャンセルしてもいいのです。

 

 

 

 

一方で、昨日のセミナー参加者さんのお話であったのですが、

 

平日は仕事をしててとても疲れ果てているけど、

 

週末は楽しいイベントなどに参加したりして、

 

充実して、楽しい。

 

あるいは、「やること」が多すぎて、

 

時間がまったく足らない。

 

身体の具合もあまり良くない。

 

ぼんやりとやってみたいことはあるけど

 

いまいち、踏み切ることができない、と

 

見るからに疲れ果てて消耗しているのが分かる方。

 

そんな方々のお話もうかがいました。

 

 

 

やはり、人の身体は「なまもの」であって

 

時間とエネルギー配分を間違えたまま続けていれば

 

心身は壊れるでしょう。

 

 

 

そして、日常の持久力、瞬発力を維持発揮するために

 

「ゆとり」がなければ

 

日常的なことではなく、

 

どうしてもやりたいこと

 

「絶対に外したくないこと」

 

これに自分の全力を出し切ることは不可能だと

 

思うのです。

 

 

 

ですから、私はいつも

 

「無理しない」

 

「時間の使い方、配分はよく考えて」

 

「何もしない時間は大事」

 

「人に会いにいってばかりいると、疲れるよ」

 

そのように、繰り返し書いているのです。

 

 

 

多くのひとは、

 

持久力と瞬発力の使い分け

 

そして、その合間に「どうしても自分がやりたいこと」を決めて

 

そこに集中力を発揮すること。

 

これが乱雑に入り交じり、

 

持久力でやればいいことに、瞬発力を発揮して

 

ムキになったり、早急にやろうとしたり、

 

逆に、瞬発力を発揮しなければならない場面で

 

疲労がたまり、判断力が鈍ったり

 

身体が動かなかったりして、

 

うまくその場で対処できずに自己嫌悪に陥るのでは?と

 

思います。

 

 

 

そして、持久力と瞬発力を上手に発揮できず、

 

日常生活に振り回されていれば、

 

「自分がやりたいこと」を実行するハードルは

 

かなり高くなってしまいます

 

「ゆとり」がなければ、やっぱり壁は高く厚く見えてしまうし

 

「失敗はゆるされない」と、勝手に自分でさらにハードルを

 

高くしてしまうでしょう。

 

 

 

 

あるいは、「本当はどうしたいのか?」すら

 

ゆっくり考える時間もなく

 

やみくもに、あっちこっちのイベントに参加して疲れてしまったり

 

あっちこっちの資格をとる、勉強をする、と

 

手を出し過ぎて、「で、どうするの?」がわからなくなる。

 

そういうケースは多いのではないかな?と

 

思うのです。

 

 

 

 

やはり、人は一つのことに集中力を発揮せねば

 

成すことはできません。

 

ここぞ、の時に、その集中力を発揮するためには

 

日常生活で

 

なるべく予定を詰め込まない

 

なるべく何もしない時間を配備する

 

人との関わりについても、無理をしない

 

これは、必須事項です。

 

 

 

ご自分の日常生活で、どれが持久力をつかい

 

どの部分は瞬発力、

 

そして、「どうしても外せないことは何か?」

 

それについて、ゆっくり一度整理してみることを

 

おすすめします。

 

「どうしても外せないもの」が

 

他人目線だったり、固定観念から「ねばならぬ」だけの理由だったり

 

そういうものであれば、一旦

 

棚の上に置いて放置してみる。

 

そして、「本当に自分がやりたい、外せないこと」を

 

丁寧に見つけていけばいい、と思います。

 

 

 

 

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子どもの可能性について。

子育て

子どもの可能性を伸ばすために 

 

ありとあらゆる習い事をさせていないと

 

不安な人がいるかと思います。 

 

 

習い事をさせることが、子どもの可能性を伸ばすのかどうか? 

 

どう思いますか?

 

 

 

子どもの可能性っていうと、

 

親がわかる範囲のことは、「可能性」ではなく

 

予測できる範囲内でできること

 

「実現可能」なことであって、それは可能性っていえるのかどうか

 

わかりません。

 

 

 

なぜ、子どもにそれをさせたいのか?というのは

 

理由はそれぞれだと思いますが、

 

子どもが本当にやりたいこと

 

子どもが自ら興味を持ったこと

 

について、それを体験するチャンスを与えること

 

親ができること、ではないでしょうか。

 

 

 

それを、「これができるようになったらスゴい」とか

 

「これでオリンピックに出たらいいな」とか

 

親のエゴでそれをやらせて

 

子ども時代の大事な「ぼーっとする時間」を奪い

 

学校でやるべきことをやらされ

 

帰宅したらまた、やりたくもない習い事で

 

スケジュールがめいいっぱいだったら

 

果たして、「本当の意味の子どもの可能性」は

 

芽を出すかどうか、わかりません。 

 

 

 

それどころか、「親のエゴでの与え過ぎ」により 

 

根腐れを起こして、

 

出るはずだった芽も腐って出ない可能性のほうが

 

高いのではないでしょうか?

 

 

 

植物でもそうですが

 

早く、大きな花を咲かせましょうと

 

過栄養になればなるほど、

 

植物も腐ります。

 

茎ばかり太くなったり、葉しか出なかったり。

 

そして、余計な枝葉を、育て主は

 

勝手に削ぎ落とします。

 

子どもに同じことをしているケース、

 

たくさん、ありますね。

 

f:id:comuron47:20161111142555j:plain

 

「こんなにお金かけてやってんだから!」

 

「誰のために、働いてやってると思ってるんだ!」

 

こういう言葉掛けが、いったい、子どもにとって

 

どんな影響があるか?なんて

 

エゴまみれの大人には想像なんてできません。

 

ただ、ひたすら日々に追われる大人と

 

ただ、ひたすらやらされるだけの子どもと。

 

誰のための何のための人生なのでしょう?

 

 

 

確かに、子どもの可能性は無限にあったでしょう。

 

生まれたときは。

 

ですが、その可能性をどんどん、限定し

 

「こうなって欲しい」

 

「あっちもできて欲しい」

 

「これもできたほうがいいんじゃないか」

 

そうやって、「子どもの可能性」を盾にして

 

実際にやってることは、真逆であるのに

 

気がつかず、

 

生活に追われるだけ。

 

 

 

書いてるだけで、疲れてきます。

 

 

 

でも、たくさん、そういう人がいます。

 

 

 

いい加減に、自分が子どもにしていること。

 

よかれ、と思っていること。

 

親とは、子どもに与えることだ。

 

親らしく、厳しくしておくことが重要だ。

 

こういうことについて、冷静に自分を振り返ってみる時期だと

 

思います。

 

 

 

世の中は、どんどん、変わっていくのです。

 

「自分がこう育てられたから」

 

「ずっとこういう習慣だから」

 

「そういうもんだから」

 

「学校では、そうやって言われてるから」

 

そんな、他人から与えられた根拠もない理由だけで

 

子どもに毒を、与え続けている自分を正当化するのは

 

やめたほうがいい。

 

 

 

目の前にいる子どもが、自分がそうやってしてきた結果。

 

それが思ったのと違うのなら

 

それは子どもが違うのではなく、

 

周りの大人が、何か違う。

 

自分を正すべきなのは、子どもじゃなく、大人。

 

 

 

そりゃ、よかれと思ってきたことが違った、と

 

認めることは、恥ずかしい、怖い、いやだ、

 

いろいろ、あるでしょう。

 

でも、子どもというのは、そんな大人すら

 

許す心をちゃんと持っています。

 

大人が変われば、子どもは素直にそれに反応します。

 

 

 

子どもの可能性とうのは、周りが促すものではなく

 

子どもが子ども自身で、気がついて

 

そこから始めるものです。

 

血眼になって、あれこれと、させてみなければ

 

気が済まない大人ほど、我が身を振り返ること。

 

これは、何より先にすることだ、と

 

私は思っています。

 

 

 

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