女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

40歳まで目をつむっていたわたし。

 
「人としてどう生きるか?」なんで発信しようと思ったのかを、
 
今日は少しお話させてください。 
 
 
 
私は40歳になるまで、
 
「本当の自分」で生きてきてなかった!!! 
 
 
 
それに気がついたのは、ある方に 
 
「ほんとのこと隠してるね」 
 
「控え目にしてるものね。」
 
そう言っていただいたことがきっかけでした。 
 
 
 
 
私たちは、生まれてから今までの経験の記憶の中から 
 
あるものを選択して、生きています。 
 
ですから、固定観念世間体、そういったものが
 
とても大きく生き方に反映されてしまうのは
 
当たり前のことなのです。 
 
 
 
 
わたしたちは
 
一人だけで生きていくことはできません。  
 
その人間関係で、私は驚くべき事実を
 
当時マジメに「自分史」を書いていて発見したのです。 
 
ほんと、ビックリしました。 
 
 
 
私は、いつも自分を隠して人と接してきていたのです。 
 
「本当はもっとこうしたい、こうできる、こう伝えたい」 
 
それをひた隠しにして、その上にできた人間関係。 
  
それって、どうなのでしょう。 
 
ニセモノの自分、取り繕った自分。
 
そこに集まってくる人々は、
 
ニセモノの私、取り繕った私に
 
近づいてくるわけですよね。
 
 
 
 
家族に対してすら、 
 
言いたいことをそのまま伝えていませんでした。 
 
 

 
ですから、「誰なの??」っていう状態で
 
「私はわたしを生きてきた」のです。 
 
 
 
 
 
人間関係でも常に「気をつかう」「相手を想う」ことが、 
 
実は「他人の顔色を伺っていただけだったのかもしれない!」
 
ということに 
 
私は気がついてしまったのが40歳のころ。 
 
 
 
 
40年ですよ。 
 
 
 
長い。 
  
 
 
もちろん、親友もいます、数名。
 
お付き合いもしました、数名。 
 
友達はいます、何人か。 
  
 
 
 
でも、その中で「ホントの私」を知ってるひとが
 
どれだけいるのか?って考えたら、
 
怖くなりました。  
 
 
 
 
「わたしですら知らない自分を他人が知ってるはずがない!」
  
 
 
 
私は幽霊みたいに、
 
ゆらゆらと、していたのです。 
  
 
 
 
私は40歳にしてようやく 
 
ゆるゆると目を覚ます決心をしたのです。 
 
 
 
 
そして、恐る恐る、歩み始めたわけです. 
 
具体的に言うと、 
 
いろんな場所でおそるおそる 
 
「自己開示」をし始めたのです。 
 
 
 
「私ってこういう人です」 
 
「私はこう思ってます」 
 
正しい日本語の文法の教科書のように 
 
ゆっくりとおそるおそる 
 
声に出して伝えたのです。 
 
もちろん、文章でも。 
 
 
 
そうしたら、どうでしょうか? 
 
 
 
 
こんなこと書いちゃっても大丈夫なのかな?と
 
最初は本当に不安でした。 
 
でも、書いたら 
 
「私の中のわたし」がものすごく喜んでるのが 
 
わかったのですっていうか 
 
トイレで大をしたかのようにすっきり。(失礼!) 
  
 
 
 
まあ、隠れてたアイドルにスポットライトが 
 
初めて当たったみたいな感じだったのかしら。 
 
 
 
「あんた、もっともっと今まで隠してたことを伝えてよね〜」 
 
これが、私の心の声だったのです。 
  
 
 
 
「今まで、すみませんでしたね」と私は思いました。 
 
  
 
 
 
日光の「見ざる 言わざる 聞かざる」を 
 
自分に対してやってきたのが 
 
40歳までのわたし。 
 
 

f:id:comuron47:20160123074031j:plain

 
そこに白衣なんか着ちゃったら 
 
最強のサイボーグ 
 
「自分のことは ミザル〜 イワザル〜 キカザル〜」に変身! 
 
だって医者の仕事は自分のことなんて考えてるヒマも余裕もないですから。 
 
侍の鎧が医者の白衣。 
 
白衣を着たら もう 覚悟を決めて 立つ。 
 
 
 

f:id:comuron47:20160123074103j:plain

 
 
医療現場では命をいつもみてきました。 
 
生きてれば終わりあり。 
 
どうせ生きるなら、らしく生きたいと言いながら
 
それを診てる本人が「ニセモノの自分」で生きてたら
 
せっかくの時間、持って生まれたもの、
 
すべてを無駄にしてしまうところだったのです。 
 
 
 
 
目が覚めたわたしはそれから
 
ひどい自分も、弱い自分も、ダサい自分もみて 
 
言いたいことを素直に表現し、 
 
自分の心の声に耳を傾けるようにし始めたのが 
 
今からもう2年ほど前。 
 
 
 
まあ、やってることは地味地味。 
 
 
 
 
世の中でもてはやされるのは  
 
結果を出すとか 
 
成果を出すとか 
 
成功とか  
 
キラキラ ワクワクとか
 
とにかく外交的な人がリーダーっぽい。 
 
 
 
 
一方で、私がやりはじめた「自分をみる」って 
 
ほんと地味すぎる内省。  
 
 
 
 
でもね、わたし昔からヒマがあると 
 
教室の床をじ〜っと見つめて動かなくなってたような子でした。 
 
元から、ネクラ。
 
元から内省的。 
 
一周して元にもどってきた感じです。 
 
 
 
 
わたしはネクラで内省的な人でいいのです。
 
 
 
 
 
見える景色が変わり、感じる感情も変わりました。  
 
周りにいるメンバーが変わりました。 
 
素のわたしを知ってる人がいまは、周りにいます。
 
 
 
気楽。 
 
 
 
些細なことも、本当に幸せだな、 
 
と感じるようになりました。 
 
 
 
いつもいつも、どこかにあった

不安な気持ちが少なくなりました。 
 
 
 
 
ノドから手が出てるみたいな顔つきで 
 
何かを求めてさまよい歩く必要もなくなりました。 
 
  
 
 
 
常にブログやSNSでオタクのように気づきを書きまくっていたおかげで 
 
やっとここに自分がいるんじゃん!ってことに 
 
納得したのだと思います。 
 
 
 
 
ひどい自分、勝手なこともする自分、弱い自分のことが好きになってくると、 
 
もっともっとさらけ出せばいいんだ! と、 
 
思うこともできるようになりました。 
 
 
 
 
2年前はこうしておそるおそる自己開示にチャレンジし 
 
ブログやSNSで細々とそれを出し続けて
 
今年。 
 
 
 
 
生きるっていうのは死ぬまで発展途上だし 
 
そこに特別な意味合いとか 
 
何かの価値とかを私は求めていません。 
 
ただ、40年分を巻き戻すべく 
 
ダラダラしたいときにダラダラして 
 
走りたいときは突っ走り、 
 
笑いたいとはカラカラと笑い、 
 
友達は少ないけど、 
 
でもたまには人とも関わったり。 
 
本を好きなだけ読んだり 
 
食べたいものを自分で料理したり 
 
山を好きなだけ歩いて自然の中に身を置くこと。 
 
 
 
 
 
何より子ども達のあのぎらっぎらの目つきを 
 
横でみてたいな。