女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

noteはたのしい。

 

アメブロからはてなブログに移動してから 

 

とても楽しい。  

 

読んでくれる人がこんなにもいるなんて 

 

いいんだろうか、という気持ち。

 

 

noteという、ものすごく楽しい表現の場所も見つけた。 

 

文章、音楽、写真などで、自分の世界を自由に表現できる。 

 

みんな、思い思いに表現している。 

 

うまいとか、へたとか、関係なく。 

 

なんか、ありとあらゆる専門学校のカオス的なにおいがする。

 

自分が得意なことを、思い思いに表現し 

 

それをながめることもできれば、刺激をうけて 

 

簡単にそれを真似てやってみることもできるし 

 

応援してくれるひとも出てくる感じだ。

 

 

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これまで「自分の世界観をどうやったら表現できるんだろう?」って 

 

もどかしかった。 
 

わたしは、パソコンを操るのが苦手だし 

 

難しいことができないから。

 

 

 

わたしは、もちろんプロのブロガーになりたいとか

 

写真家になろうとか

 

料理家になろうとか 

  

そういう風には思っていない。 

 

 

 

 

ただ、これまで口に出すこともなかったことや、 

 

いつか誰かに話したかったあんなことや、こんなこと。 

 

身の回りにある、ささやかなしあわせや 

 

うつくしい色彩。匂い。ひかり。温度。 

 

そういうのを、どうやったら形に残せるんだろう?と。 

 

 

 

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自己満足だ。 

 

ほんとうに、ただの自己満足。 

 

でもいいじゃないか、と思う。 

 

自己満足すらできない、苦しいひとだって 

 

たくさんいるよ。 

 

 

 

自己満足がだれかの目にとまって 

 

気に入ったりしてくれるなんて 

 

最高じゃないか。と思う。

 

 

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むかしは、 

 

溜めた想いは腐って変質されて 

 

汚いものだと思っていた。 

 

だから、想いは溜めたらいけないと。  

 

 

 

けれども、そうではなかった。 

 

溜めた想いの出し方が大事だったのだ。 

 

自分で勝手に「その想いは怒りだ」って決めてしまったとしても 

 

実はそれは「怒りではなく、かなしみ」だったりする。 

 

怒りで表現すると、とても攻撃的な表現になってしまうところを 

 

きちんと「かなしみ」として素直に表現することができたとき

 

きれいなんだと思う。まるくなってて。 

 

 

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その想いがたとえどんな種類の想いだったとしても

 

きれいに出すことはできるし 

 

それは出せるときが必ずやってくる。 

 

それまで、想いは秘めておいてもいいじゃないかって 

 

思えるようになったのは 

 

ひとは死ぬまで、淡々とそのようになっていくのだな、と 

 

思いました。

 

  

楽しんでnoteしてます♡ 
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