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女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

攻撃性で自分を保つ人たち。

「病いは気から」というのは 

 

「あまりくよくよしていると、そのよに身体も病気になってしまいますよ」 

 

このようなときに、使うことが多いですね。 

 

 

今日は、少し違った観点から「病いは気から」を 

 

みていきます。 

 

 

どうしてこのような記事を書くのか?について 

 

先日あったエピソードを紹介させてください。 

 

 

子どもがいると、役員をやることがありますね。 

 

その会議に出ていたのです。 

 

すると、出席者のある方から

 

「ひどい対応がゆるせない」

 

というようなことを長々と40分ほど話合いに時間を費やしました。 

 

話を聞けば、その発言者の方にも落ち度があるのですが 

 

それは棚にあげておいて、

 

「とにかく先方はそれが仕事なのだから、

やるべきことをやっていないのは怠慢だ!」 と 

 

一方的に相手をやり玉にあげること40分。 

 

ひどい雰囲気でした。

 

 

わたしは、毎回その会議の雰囲気の悪さに胸糞悪くなっていたのですが 

 

今回は、その時間を使って 

 

「なぜ、あのように一方的に他人を攻撃するひとになってしまうのだろう?」とう 

 

疑問について、考察をしました。

 

 

①他人を攻撃しているときが、自分でいられる 

 

わたしはその場面で、最後にその攻撃者の要望が通ったときの 

 

表情をみて、 

 

「あ〜、この人は人を攻撃し、自分の思う結果になったときが 

 

自分のアイデンティティを確認できるときなのだな」 

  

そう思いました。 

 

非常に得意げだったからです。 

 

満足気で、あとから私のところにも 

 

「言ってやった!」と報告にわざわざ来たからです。 

 

 

 

逆に、自分の要望に反したり 

 

立場が逆転して自分の弱みを突かれた瞬間、

 

しろうさぎが、穴に逃げ込むように 

 

しゅん、と態度を変えるのも、 

 

一方的に他人を攻撃する人の特徴ですね。 

 

 

満足気なときと、しろうさぎなときの 

 

その感情のギャップが大きすぎて 

 

さぞ、大変なことだと思います。 

 

 

②他人のことを許すことができない人は 

 自分のこともまた、許せない。

 

他人を攻撃する人は 

 

自分が相手をやっつけた!とばかりに思っていますが 

 

実はその相手を突いた矢が 

 

自分に刺さっていることに気がついていません。 

 

 

 

他人を攻撃すればするほど 

 

自分を傷つけています。

 

他人にまき散らしている毒が 

 

自分にもまわっています。

 

 

人を許すことができない人は 

 

自分のこともまた、許すことはできません。 

 

どこかでいつも 

 

うまくいかない現状にイライラしているのです。

 

そしてその現状を作り出した「過去」に固執する傾向にあります。 

 

「過去にこんなことをされた。」

 

「過去にこんなことを言われた。」

 

だから、自分はいま、こうやって怒っているんだ、あなたに。

 

 

③孤独な病人

 

そのように常に誰かに怒りを向けることで

 

自分を保っている人は

 

自分をまた攻撃し続けているために 

 

本当の病いになります。 

 

攻撃するときは交感神経が緊張し 

 

副腎髄質からアドレナリンというストレスホルモンが出ます。 

 

アドレナリンは血圧の上昇や心拍数の促進、起毛、瞳孔散大などを起こします。私たちが突然、恐怖に出くわすと心臓がドキドキして逆毛が立ち、瞳を見開いたりするのは、このアドレナリンの働きによるものなのです。
  また、アドレナリンは肝臓のグリコーゲンの分解を促進して、血糖値を上昇させます。また、血液中のアドレナリンは、脳や筋肉などに流れ、最終的には全身の交感神経を緊張させます。
  やがて、刺激の原因が取り除かれれば、戦闘態勢は解除され、交感神経の緊張も解消されます。あとは消耗したエネルギーを栄養や睡眠などで補充させればよいわけですが、ストレスが長時間続いたり、解消後のエネルギー代謝が不完全な場合は、疲労、発病へと進展してしまうのです。

 

ストレスが長引いたり、 

 

栄養や睡眠をきちんととれていなければ、 

 

消耗が続き、疲労し 

 

しいては病気にいたるのは当然の結果なのです。 

 

 

私が言いたかった「病いは気から」は 

 

この部分です。 

 

「攻撃したい」という気持ちがあれば 

 

いつか病気になりますよ。

 

 

このようにみてみると、 

 

人の身体は他人を攻撃し続ける仕様には 

 

元々できていないのです。 

 

 

そして、想像してみてください。 

 

このように、他人を攻撃する人の周りには 

 

この人が病気になったとき 

 

誰か信頼できる人がいるのでしょうか? 

 

誰か、本当に「治ってね」と心から願ってくれる人は? 

 

心から「お世話をしたい」と思ってくれる人は? 

 

 

病気になってから、急に態度を変えても、 

 

遅いと思います。 

 

 

私は、病院で

 

「孤独な病人」をたくさんみてきました。 

 

「病気になったのだから

 

みんながやさしくしてくれるだろう。」 

 

そんなことはないのです。 

 

生き様は、いつも連続。