女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

わたしのこと。こころの穴。

「40歳まで目をつむっていたわたし。」という記事にも 

 

書いたのですが、

 

わたしは自分のことをみないようにして生きてきました。

 

うすうす、気配は感じていたのです。

 

どうしていつも、恋愛をしたがり、

 

どうしていつも、同じような結果になるのか?と

 

ずっと昔から思っていました。 

 

「本当に、生きづらいな」、と。

 

 

 

他人に言えない生きづらさって

 

辛いもの。

 

だって、わたしなんて「そんなに恵まれてるのに、贅沢だよ」

 

それでおしまいですよ。w

 

そう、わたしはお金で困ってなかったし、

 

浪人してどうにか医学部に入り、

 

表向きは人付き合いも下手ではなかったのですから。

 

 

 

他人からはまったくそのようにみえていないので、

 

「わたしは全然、オッケーだ」というオーラを

 

女性雑誌など読んだりして、

 

自分のことをオブラートに包んでいたのだと思います。

 

 

こころの中では

 

「本当は違うのに」と

 

いつも思っていたような気がします。

 

本当のことを話す相手がいなかったです。

 

 

 

 

ですから、ブログを始めたり、Facebookを” 公開 "にして、

 

自己開示するようになれたのは、

 

まず、一つの大きな壁でした。

 

 

 

それでも

 

自分のこころの奥底はすぐにはみることが

 

できませんでした。

 

というか、みえませんでした。

 

 

それでも、一つずつ、他のひとに話すことができる話題、

 

自分では「イタいな」と思うことも

 

開示するようになってきました。

 

f:id:comuron47:20160206072759j:plain

 

 

そして、ある一つのことに気がつきました。

 

「わたしは、一人では何もできない」

 

そう信じて、

 

なぜ、いつも誰かを探していたのか?

 

 

 

わたしは” 一人で何もできない "のではなく、

 

こころに巨大な穴が空いていただけなのです。

 

「さびしい」という大きな穴を

 

他人で埋めようとしていたのです。

 

 

 

一人でできないのだから、いつも誰かの手助けが必要。

 

それはで、

 

わたしは、一人で結構なんでもできるのですよ。

 

がんばり屋なので、がんばってやるのです。

 

もしかしたら、それも穴の一つなのかもしれませんが。

 

「わたしはこれをやらないと認めてもらえない」っていう。

 

 

 

さびしさの巨大な穴を

 

正確にぴったりと埋めてくれるひとを求めて

 

さまよい続けてきたのではないか?と

 

気がつきました。

 

 

 

 

自分のことを、自分の暮らしを

 

根っこの部分からながめ、

 

もがいて、

 

去年はその転機でした。(去年、捨てたものたち。の記事参照)

 

 

 

あったものが、必要だと思っていたものが、

 

随分なくなったのです。

 

ですが、わたしは何もなくなってからのほうが

 

自分がさびしくなくなったのです。

 

 

 

誰もまわりにいない。(子どもはもちろん、宝)

 

誰も大人がいないのですが、

 

わたしは大丈夫だったのです。

 

なぜなら、

 

わたしが、自分のこころの穴と折り合いをつけることができたから、だと

 

わかったのです。

 

f:id:comuron47:20160206073047j:plain

 

あんなに、誰かを求めていたわたしは

 

いったい、なんだったのか?

 

 

そう思ってこの一ヶ月過ごしてきましたが、

 

やっとその理由がわかったのです。

 

 

 

昨日、「暮らしの生活習慣病」という記事に書いたこと。

 

わたし自身も自分の身体に感謝したことありませんでした。

 

ある方に「身体がもっと大事にされたがってる」と指摘していただき、

 

その日からお風呂のとき、

 

自分の身体をまじまじと観察し、

 

マッサージしたり、足の裏をながめて、感心したり、

 

そうやって過ごして2ヶ月ほど。

 

 

 

不思議と、自分のことが

 

「お〜、よくやってるし、十分」

 

「まんまでいいじゃないか」と

 

思えるようになったのですね。

 

 

 

すると、いつの間にか

 

巨大だったこころの穴は

 

空いてはいるのだけど自分で折り合いをつけられるほどに

 

なっていたのです。

 

 

人のこころの穴は

 

誰にでも空いているのだと思います。

 

どんなひとにだって、こころのクセがあります。

 

だけど、「穴なんてやだ!」とみないようにしたり、

 

それを誰かに、完璧に埋めてもらおうとしていると、

 

いつまでたってもこころの穴は

 

自分を刺激し、生きづらさが続くのだと思いました。

 

 

 

もちろん、それは他人も傷つけることだってあるでしょう。

 

ですが、自分のこころの穴のことを知っていたら、

 

他人との関わり方だって随分変わると思います。

 

 

みんなに穴があるのだし、

 

その穴は自分自身で折り合いをつけるもの。

 

他人にどうにかして欲しいと

 

他人にそんなに期待しなくてすむ。

 

 

すると、人間関係がものすごく、楽なのですね。

 

「他人に期待しない」って

 

なんか、冷たいな〜と思っていたことがあります。

 

ですが、本当の意味は

 

これだったんだな、と分かりました。

 

 

 

こころに穴があるから、思いやれるし、

 

穴があるから、優しくできる。

 

自分にも、他人にも。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 

こちらの記事も、伝えたいことは、同じです。 

comuron47.hatenablog.com