女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

口うるさい理由

スーパー、公園、幼稚園、小学校。 
 
親子をみていると
 
口うるさく何か言っている場面をよく見かけます。 
 
聞いているほうが疲れるほどに
 
口うるさいことがありますよね。
 
 
「ほら、○○くんに、バイバイして」
 
「お尻がよごれちゃうから、地面に座らないで!」
 
「ほんとに、その問題わかってるの?」
 
「ねえ、先生の言うこと聞いてないでしょ?」
 
 
 
また、老人施設や往診、外来で、
 
自分の親に口うるさく注意をする、苦言をする
 
大きな子どももよく見かけます。 
 
「もう、いいから、どうせ聞こえてないんだからね」
 
「ほら、座るのこっちだよ、早くしろよ」
 
「着過ぎなんだよ、ほんとに」etc.
 
 
 
 
「心配してるんだから、仕方ないじゃない!」
 
 
それは、ほんとに心配だからなのでしょうか?
 
口うるさいことの弊害だってあります。
 
言われてる方の身にもなってみましょう。
 
 
 
子どもなら、
 
やること、なすこと、
 
「お叱りを受けないようにやろうとする」と
 
人の顔色をうかがい、
 
人の意見を聞かないと行動できないひとになります。
 
 
 
歳をとってから口うるさいひとが周りにいたら、
 
「無価値感、無気力」を生み出しやすくします。
 
子どもだって、同じですね。
 
 
 
「あなたのことを思って口うるさく言ってあげてる」というのは
 
違うと思います。
 

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どうして、そんなに口うるさいの?
 
 
例えば、
 
「勉強をしなさい!」とそればかり子どもに言う親。 
 
それなら、「勉強をしないと、どうなるの?」ということに、
 
親自身が少し向き合ってみる必要があると思います。 
 
 なぜ、勉強をしないといけないのか? 
 
勉強をしないとどうなると思っているのか? 
 
そこをよく考えてみるのです。 
 
 
 
そうすると、例えば
 
「自分が勉強してこなかったせいで味わったコンプレックスがある
 
「自分で選んだ旦那は私を愛さない。

だから、不勉強で出世できない、
 
私の旦那のようになってもらいたくない。」
 
将来、どうなるかわからないから、とりあえず勉強さえできれば」etc.
 
 
 

そのように、自分自身の目の前の現実で見たくない部分を、
 
子どもに口うるさく言うことで、
 
ごまかそうとしていることがあるのですね。 
 
 
 
 
「子どもが勉強さえすれば、

自分とは違う現実が待っているに違いない」 
 
そういう思い込みが見え隠れしています。
 
 
 
あくまで一例です。
 
人によって、思い込みの種類は様々です。
 
 
 
 
もうひとつ例えを。
 
歳をとった親のお金の使い方が気に入らない。  
 
 それで、子どもが
 
「もったいないから、そんな余計なモノを買うな」
 
心配で口うるさく注意する。
 
 
 
これも、実は
 
「そんなにお金があるのに、

自分には一切援助してくれなかった」
 
 

「お金以外にも、孫を預かるとか、

そういうことも含めて親に助けてもらえなかった」 
 
 

そういう過去にあった想いが、
 
今、親がやっているお金の使い方をみて、
 
「良くない、もったいない、どうするの?」と
 
「心配している」という表現型
 
実は上のような心の傷、思い通りにならなかった寂しさなどが
 
隠れていることがあるのですね。 
 
 
 

このようにして、
 
口うるさく言っていることの
 
裏をとるのです。 
 
自分がなぜ、そのことにそんなに口うるさいのか? 
 
本当に相手のためにそれを言っているのか? 
 
 


実は、その口うるさいことは、
 
相手ではなく、

自分のために

言っていることが多いのです。
 
 
私が、不安なんだよね。
 
私が、寂しいんだよね。
 
私のコンプレックスなんだよね。
 
 私が、怒っていたんだよね。
 
 

口うるさくなってしまっている自分を
 
よく観察しましょう。 
 
そして、根本の原因、根っこの自分の想いを見つければ、
 
それは解決できるのす。
 

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具体的にどうすればいいの?
 
 
口うるさく言っている本人だって、
 
本当はそんな風に言いたくないですよね。
 
言ってる自分に自己嫌悪になるときだって
 
あると思います。 

 



どうするか?というと、
 
「こういう想いが私にはある」ということを
 
まず、見つける。
 
そうしたら、
 
誰かに伝えることです。 
 
口に出して、気持ちを伝えるのです。 
 
 
 
一人だけで、解決しようとすると、
 
自分を責めてしまいがちです。
 
 
 
真面目だから、口うるさい。
 
真面目だから、自分を責めてしまう。
 
責めるなんて、しなくてもいいんです。
 
 
「わたし、こうでさ」と話せば
 
「あるある」って言ってくれたり、
 
「そうだったんだ」と言ってもらえたり。
 
 
 
 
「そんな自分だよ」と他人に自己開示することで
 
溜まっていた想いは解放されていきます。
 
人に話しましょう。 
 
 
いきなり、ひとに自己開示するのが難しければ、
 
日記など、紙に書きましょう。
 
その想いを。
 
「私って、こういうことで傷ついていたのね」
 
「私、こういうことがとても不安だったのね」
 
そういう風に、自分を客観的に眺めることで、
 
自分を自分でケアできるようになれるのです。
 

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まとめると
 
 
わたしは、口うるさいその場がきらいです。
 
そこには、しあわせな人がひとりもいません。
 
誰もうれしくないし、誰もよろこばない。
 
だから、口うるさい場があると、
 
本当に逃げたくなるのです。
 
 
 
だけど、それをしている人たちは
 
だれもそれに気がつきません。
 
「誰かのためを思って、くちをすっぱくして言ってあげてるんだ」という
 
確信があるのでしょう。
 
 
言われるほうも
 
「自分はそれを言われても仕方がない」と
 
そのうちに諦める。
 
「言われるようなひとなんだ」と甘んじてそれを
 
引き受けるようになる。
 
 
 
連鎖はどこかで切らないと、
 
今度は、その言われていた人が言うようになるのです。
 
また、しあわせではない場が増えていくし、
 
終わりがないのです。
 
 
わたしは、それはいやなのです。
 
 
「誰かのためにそれを言ってあげる」は
 
「ほんとは、私の想いなのかもしれないな」とみてみるだけで、
 
その一言は言わずにすむかもしれません。