女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

自分の子ども時代の役割りを思い出してみて。

今日は、セッションをしてきました。 

 

同い年くらいの女性のクライアントさんです。 

 

 

真面目にコツコツと頑張り抜いてきた 

 

かわいい女性です。 

 

 

でも、最初に出会ったときには、 

 

顔はこわばり、小さな声で話すひとでした。 

 

 

物心ついたときから、 

 

勉強で良い成績をとるべく、 

 

親から指導され、その通りに一番を張ってきたひとです。

 

 

長女としての役目も、

 

そのように果たしてきました。

 

 

子ども時代の役目。

 

 

自分が子どもだったとき、

 

家族の中でどんな役割をしていましたか?

 

子どもらしく、自由きままに

 

甘えて、やっていましたか?

 

それとも、親の顔色をうかがっていましたか?

 

甘えることができず、さびしかったですか?

 

人それぞれ、その家族の中で

 

役割があったはずです。

 

子どもにとっては、重荷過ぎる役目を負っていたひとも

 

いるはずです。

 

 

 

今、どうですか?

 

いま、一人暮らしですか?

 

元の家族と暮らしていますか?

 

それとも、結婚したりして、パートナーや家族が新しくいますか?

 

 

いずれのパターンでも

 

先ほど思い出した

 

「子どもの頃の自分の役目」と

 

「今の自分の役目」を比べてみてください。

 

 

いま、しあわせにしていますか?

 

 

それとも、「子ども時代の自分の役目」を繰り返して

 

いま、それをやってるひとがいませんか?

 

 

たとえば、子ども時代に両親が不仲だったとします。

 

それを子どもが

 

どうにかしようとがんばってきたり、

 

あるいは、不仲を周囲に知られないように、

 

家族みんなで、隠すようにしてきたり、

 

不仲であることのさびしさ、恐ろしさを感じないように、

 

家では道化のように明るく冗談を言いながら振る舞ってきたり。

 

いろんな役割があります。

 

 

それ以外にも、

 

アルコール中毒だったり、暴力的だったりすると、

 

子どもには様々な役目が割り当てられますね。

 

 

いま、大丈夫ですか?

 

 

どうしてそんなことを聞いたのか?というと。

 

 

ひとは、生きていく上で

 

例えそれがとても嫌だったとしても

 

「子どもの頃に演じていた役目」を

 

どこかで「いつもの、慣れた、役目」として記憶しています。

 

 

 

大人になっても、表向きは「もう、あんな想いしたくない」と思っていても、

 

心の奥で、その役目を演じ続け、

 

子どもの頃に果たしきれずに、得られなかった結果を、

 

もっともっと得ようとします。

 

 

 

両親の仲を子どもが取り持ってきたその子どもは、

 

大人になっても「不安定な人間関係を取り持つ役目」を果たそうと

 

努力し、それを認めてもらいたい、と思います。

 

 

 

子どもの頃に

 

「もっと努力し、辛抱も足らない」と言われてきたひとは

 

大人になっても常に努力をするべきことを探し、

 

常に辛抱し、それを認めてもらうことを求めます。

 

そして、「自分だけが良い思いをするのは罪悪感」を感じるのです。

 

なので、常にまわりに気を遣い過ぎて、過剰に何かをしてあげたくなり、

 

そして、してあげたことに相手からお礼も言われないことに

 

「自分は評価されていない」と、イライラします。

 

 

 

このようなパターンを繰り返す理由は

 

子どもの頃に果たして来た役目と関連がとてもあるのです。

 

 

 

そこから抜け出してよい。

 

 

もし、自分が「いつも同じ目にあってつらい」

 

「どうしていつも、同じことで悩んだり、辛いのか?」と悩む方がいらしたら、

 

自分の子ども時代を振り返ってみてください。

 

 

 

先ほども書いたとおり、

 

「いやだ」と思っていても

 

生命維持装置としては、「慣れた役目を果たせること」が

 

そのひとにとっての「快適な空間になる」のです。

 

 

 

でも、本当にそれがイヤだったら、

 

その役割から足を洗うしかありません。

 

覚悟を決めて、怖くても。

 

 

 

これまでと異なる役目を演じることは

 

最初は、戸惑いますね。

 

突然、「努力なんてしないで、好きなことをしてもいいんだよ」と誰かに言われたり、

 

自分でそう信じようとしても、

 

最初は難しいと感じるはずです。

 

どうしたらいいのか、わからなくなることもあるはずです。

 

 

 

 

やっぱり、わたしには「このお役目が似合ってる」

 

苦しい役目に舞い戻るひとだっているくらい

 

慣れた役目が身に染み付いているのが、わたしたちです。

 

 

 

でも、本来ひとは自由の身で生まれてきたのは

 

確か。

 

もしも、辛かったら、やめたかったら、

 

本気で取り組む価値があることだと

 

思っています。

 

 

先ほどのクライアントさんは、

 

この数ヶ月で

 

「人と素の自分のままで、初めて会話をした」と

 

ものすごい興奮していました。

 

それまでは、「何を話していいのか、わからなかった」と。

 

 

 

 

そうやって、一つ一つ、

 

してきたお役目を降りていくことで、

 

本来の素の姿に戻り、

 

いきいきとしていくのを、みているのは、

 

わたしにとっては、快感ですし、興味深いです。

 

 

ひとは、何歳からでも、

 

変われます。

 

その気があれば。

 

物質的な自由をいくら求めても、

 

こころの自由が伴わなければ、

 

どこまでいっても、同じ。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

関連記事です。 

自分を知らないひとには、ほんとの意味でのパートナーを得るのは

とても難しいことだと思います。

comuron47.hatenablog.com