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女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

めまい、耳鳴りに悩む中年女性

外来にやってきて、耳鳴りとめまいで悩む方が

 
結構いらっしゃいます。 
 
ほぼ中年女性です。
 
 
 
わたしが思うに、
 
ひとの性格は歳とともに、その輪郭がよりはっきりとしてきます。
 
若いうちのほうが
 
自分のその性格のせいで、自分や周りが困っていることに気がつけば、
 
自分で性格を変えようと、柔軟に対処できますね。
 
歳を重ねるごとに、
 
なかなか自分の性格を変えることが難しくなってきます。
 
 
 
なぜなら、わたしたちは
 
「確固たるなにか、答え」を求めることが好き。
 
「決まったものが好き」だからだと思います。
 
ひとつの、安定した、安心できる答えがある状態に
 
わたしたちは安心して過ごせるのです。
 
それは、
 
命というものを守るためには
 
必要な要素なのですね。
 
 
 
 
「これなら安心だ」という環境、状態を求め、
 
いったんそれを得たのなら
 
多少の我慢や、辛さがあっても、
 
なるべくそのままでいたい。
 
変化はしたくない。
 
そういう本能的なものがあるのでしょう。
 
 
 
そういう理由で
 
歳を重ねるごとに、
 
性格が安定化してくるのも、仕方のないことです。
 

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めまい・耳鳴り
 
 
めまい、耳鳴りの原因は
 
中枢性といって、小脳の平衡中枢に異常をきたしたり、
 
抹消性といって、
 
耳の内耳にある平衡感覚をつかさどる細胞の老化でも起こります。
 
頭の向きを変えただけでめまいが生じる
 
” 発作性頭位変換性めまい"は、よくみかけます。
 
ただ、そのような診断がつかないめまい、耳鳴りが
 
結構多いのです。
 
「病院にいっても、検査してもわからない」というものですね。
 
 
 
わたしが多くの患者さんと接してきて、
 
めまいや、耳鳴りで悩む方は
 
どうやら
 
「こうあるべき」「こうしなければならない」と
 
自分も、周りのひとも、管理したがる傾向にあるようです。
 
 
 
よく、気がつくし、気が利く。
 
そして、それを周りに振る舞うことで
 
自分らしさを支えている、といったらいいでしょうか。
 
なので、自分がしたことで、
 
周りのひとや、環境も期待通りにうごいてもらえないと、
 
納得がいかないのです。
 
不満がそこで生じるのですね。
 
 
 
 
その不満が溜まりすぎたときに、
 
めまい、耳鳴りが起こります。
 
 
 
なので、その辺りのお話をすると、
 
女性たちは、涙を流します。
 
「そうかもしれません」と。
 
ホッとできるときがないのだと思います。
 
それはそうですよね。
 
 
 
自分のことすら、思い通りにならないのに、
 
他人や、環境は思い通りになるはずがないのです。
 
だけど、どうにか少しでも思い通りにしたい。
 
でも、思い通りにならない。
 
そこが、ポイントなのだと思います。
 
 
 
 
めまい、耳鳴りが起こったら、
 
「少し考え方が凝り固まって、
 
自分の思い通りにしようとし過ぎてないかな?」と
 
見直してみることをおすすめします。
 

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孫が生まれたら、体調を崩した新米おばちゃん。
 
 
今日、いらした女性は、
 
「孫が生まれてから、疲労困憊してしまって、体調をくずし、
 
めまいがしょっちゅう起こって、血圧もあがった」とのことでした。
 
わたしは、その赤ちゃんがとても心配になりました。
 
 
 
お母さん(娘さん)は初めての出産、子育てで
 
無我夢中で毎日インターネットで情報を得て、
 
テレビは目に触れさせない、完全母乳、
 
時間をきちんきちんと、正確に生活をしているとのことです。
 
娘さんも、出産後6ヶ月たち、体調をくずして病院にいったけれど、
 
検査では何も異常がなかったそうです。
 
 
 
お母さん(娘さん)と、おばあちゃん(患者さん)の2人が
 
必死に、完璧に、赤ちゃんを管理しようとしているのですね。
 
 
 
赤ちゃんは、大丈夫なのでしょうか?
 
 
 
患者さんは、話を聞いて欲しそうだったので、
 
聞き役に徹しながらも、
 
「誰かを管理しようとするのは無理があるし、
 
それが一番弱いひと(ここでいえば赤ちゃん)にひずみがいきますよ」
 
と、お話しました。
 
 
 
とても難しいことですが、
 
心配して、相手の無事を祈ることと、
 
心配して、相手を自分の思う通りに管理することは、
 
まったく逆のことだと思います。
 
前者は、相手の生きるちからを信じて、相手を尊重しているし、
 
後者は、相手の生きるちからより、自分の思い込みを信じていて、
 
相手を尊重していません。
 
 
 
赤ちゃんであっても、一人のひとですね。
 
もちろん、衣食住のお世話は必要ですが。
 

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どうしたらいいの?
 
とにもかくにも、
 
大切なことは、
 
一人一人が、まず、自分のことをすることです。
 
自分の身体が悲鳴をあげたのなら、
 
まずは「それが何で起こったのか?」を
 
自分に問いかけてみることです。
 
 
 
 
「具合が悪けりゃ、医者にみてもらって、
 
検査してもらえばいいや」はダメです。
 
 
 
 
「なぜ、自分の体調がそうなっているのか?」
 
まずは「自分の生活スタイル、
 
自分の思考のクセ、
 
そういったことに
 
無理がないのか?」を見直すのです。
 
 
 
そして、「どうやらここに無理をしている」と感じたのなら、
 
自分でそれを変えるのです。
 
 
 
そのようにして、
 
一人一人が自分のことを大切に扱い、
 
自分が気持ちよく過ごしていたら、
 
そのひとの周りにいるひと達も
 
気持ちよく過ごせるのです。
 
 
 
自分の身体が悲鳴をあげるまで
 
周りのひとを管理しようとするなんて、
 
誰がしあわせなのでしょう?って思います。
 
相手が、小さな子どもだったりしたら、
 
その子はどうしたらいいのでしょう?
 
 
 
まとめると
 
 
外来をしていると、
 
様々なひとに出会います。
 
ささやかな時間だったとしても、
 
何か、一滴でも色の違う水滴が落とせていたら、
 
その波紋がひろがって
 
少しでも、気楽に、気持ちよく過ごせるひとが
 
増えていってくれたらなあ、と
 
祈るしかないのです。
 
 
 
今日は、おばあちゃん(患者さん)がお母さん(娘さん)を
 
まずは管理することをやめてくれたのなら、
 
その連鎖はひとつ、終わるのだけどな。
 
赤ちゃんがどうか、しあわせな家で育ちますように。

 

 

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