女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

問題探しは、もうやめよう。

大人になるあいだに、 

 

いつの間にか、多くのひとは 

 

「問題がないか?」

 

「不安はないか?」

 

「不備はないか?」と

 

身の回りを常に確認し、 

 

それらを見つけて、落ち込んだり、

 

嘆いたり、

 

あるいはそれをどうにかするべく、がんばること。

 

そして、一つ問題が片付いたかと思うと同時に

 

まら、次の問題を一つ抱えて

 

困っている。

 

何かが、足らない。

 

何かが、欠けている。

 

そういう状態でいることが

 

”ノーマル”な状態になっているようです。

 

 

 

ほんとうでしょうか?

 

 

その問題は、

 

ほんとうに問題なのか、

 

考えてみたことがありますか?

 

 

 

たとえば、

 

子どもの頃に傷ついたある出来事。

 

「それのせいで、

 

わたしは、今もまだ、辛い想いをしているのだ。」

 

辛い想いをしているのは、確かなのだろうけれど、

 

その出来事は

 

ほんとうにその解釈で当たっているのか、

 

考えてみたことがありますか?

 

 

 

ひとの記憶っていうのは、

 

随分いい加減で

 

様々な記憶のかけらを組み合わせて

 

ある出来事を繰り返し思い出しています。

 

細かい記憶のかけら達は

 

その時々で、入れ替わったり、

 

平気でしているのです。

 

それなら、思い出している出来事、問題もまた、

 

本質とは

 

まるで、ずれている可能性が高いのです。

 

f:id:comuron47:20160227000607j:plain

 

 

なぜ、問題を探すのか?

 

いきなり答えは、

 

「自分のことを、受入れたくないから」

 

 

こんな問題があるから、

 

わたしは自分を好きになれないのです。

 

こんな足らない自分は

 

まだまだ、今の状態では受け入れられません。

 

 

こうやって

 

自分を拒絶することが、

 

”ノーマル”な状態です。

 

小学校高学年くらいから、

 

そういう傾向は始まるのではないでしょうか?

 

 

 

自分の周りで

 

こころから「自分のことが好きだ」と思ってて

 

周りからみてても、そうなんだな、と心から思えるひとは

 

いますか?

 

 

ほとんどの人は

 

自分を嫌い、

 

自分を労らず、

 

努力という名の自分いじめを続けます。

 

そして、

 

いつしか、病気になります。

 

 

 

物心ついた頃から

 

「自分を拒絶すること」が美学のように身に付いたわたしたちは、

 

自分を嫌いでいるための理由を探すかのように、

 

問題を探しまくるのです。

 

ないのに、探して問題化する。

 

ひどいときは、

 

周りまで巻き込んで。

 

 

 

問題解決方法は、簡単なんです。

 

探さなければなかったのに、

 

探すから、問題が出てくるし、

 

どんどんいくらでも、

 

大きくできます。

 

 

 

「自分のことが好きでよい」と受容してしまえば、

 

それらの問題は

 

雪が溶けるように、消えてなくなります。

 

ほんとうです。

 

 

 

 

自分が嫌いでいるために

 

問題を探すなんて、

 

そんなゲームを病気になるまで続けて、

 

「あ〜、こんなことになるなんて」と言いながら

 

死にたいですか?

 

 

 

ギャクではなくて、

 

ほんとうに、それでおしまいになる人を

 

たくさん見てきたから

 

言うのです。

 

f:id:comuron47:20160227000721j:plain

 

 

 

問題をどうやって消すのか?

 

 

実際に、過去に問題があったとします。

 

今もそれで悩んでいると、言い続けて

 

鬱が治らないというひとがいます。

 

 

その問題をどうしたら

 

消すことができるでしょう。

 

 

それは、

 

「過去問から、そこから学ぶべきエッセンスを抽出する」のです。

 

エッセンスです。

 

誰が何をしたとか、

 

そのときの私の気持ちとか、

 

誰が得をして損をしたとか、

 

そういうのは、エッセンスではなくて、

 

” 飾り " です。

 

 

飾りで、皆、いつまでも悩み、苦しみ、

 

そして、それにしがみついて離れようとしません。

 

 

 

飾りは捨てて

 

エッセンスだけを抽出するのです。

 

ですが、

 

それは中々客観的にみることが難しい場合があるでしょう。

 

信頼できるひと、

 

判断せずに、正直なひと、

 

そういうひとに、一緒にみてもらうのはいいと思います。

 

 

 

そして、

 

「この過去問から学ぶべきはこれだったんだ」という

 

エッセンスだけ、受け取るのです。

 

それは” 自分の生きる智恵 " になります。

 

 

 

飾りにしがみつくのは、

 

2つの理由があると思います。

 

 

 

一つ目は、

 

その問題にしがみつくことで、

 

現在地点から動きたくない場合。

 

問題を解決すれば、

 

自分はそこから前に進むことになります。

 

ですが、

 

どうしても、その場にとどまりたいひとがいるのも確かです。

 

 

 

それは、

 

そのひとの生き方ですし、

 

それでバランスをとっているのでしょうから、

 

無理やり、後ろから蹴飛ばすようなことをして、

 

前に進ませるのは乱暴です。

 

そっとしておいてあげるのもまた、

 

周りにいるひとの優しさです。

 

一人一人の人生です。

 

 

 

二つ目は、

 

あまりに問題のエッセンスが小さすぎて、

 

今さら、認めたくない。

 

こんなに長時間、苦しんできた割に、

 

問題から得られる学びが

 

小さすぎた、ということです。

 

認めたくないので、

 

握ったままでいるのです。

 

 

 

このパターンは意外と多いと思います。

 

f:id:comuron47:20160227000812j:plain

 

 

気楽じゃ、いけないのですか?

 

 

いいじゃない。

 

手放してしまえ。

 

 

そんなにすごいひとでいる必要もなければ、

 

立派なひとである必要もないです。

 

 

大事なのは、

 

その人はその人であるだけであって、

 

その人が自分を好きであることだけです。

 

ほんとうに、それだけなので、

 

「え、そんなことでいいの?」と

 

また、問題や課題を探したくもなるのです。

 

 

 

自分を好きになるっていうのは、

 

とても難しいです。

 

やったことがないと。

 

時間もかかります。

 

とても。

 

 

ですが、

 

あるとき、「こんなんでいいのか」という時がきます。

 

そうなのです。

 

本当に、あっさりと

 

「わたしは私でよいし、そのままで十分足りていて、いいじゃないか」

 

そう思うときが突然くるでしょう。

 

 

 

そうすると、

 

「自分を嫌いでいるために、支えとしていた問題の数々」は

 

立ちどころに消えてなくなってしまいます。

 

 

 

キラキラ、わくわくしていなくても、

 

すごい部屋に暮らしてなくても、

 

世間から認められてなくても、

 

成果を出していなくても、

 

豪遊してなくても、

 

一つのことを、成し遂げていなくても、

 

ふつーに、自分を好きでいられるようになります。

 

 

 

そうなると、

 

簡単で、シンプルに

 

物事はすべて

 

流れていきます。

 

 

 

流れにのって

 

生きていればいいのです。

 

怖いですね。

 

問題がないのは。

 

「流されてるのは、努力してない!!」と

 

また、努力したいですね。

 

「こんなんで、いいんですか?」と

 

誰か、師匠を作って聞きたいですね。

 

 

 

でも、

 

いりません。

 

 

したいことをするのに、

 

努力はいりません。

 

したいことをしてるのに、

 

誰かの許可は必要なければ、

 

誰かの承認も必要ありません。

 

 

 

 

” 大切な自分 " がすることは、

 

すべてその時、その瞬間

 

一番ベストなことだけです。

 

それも、頭で熟考したことじゃなくて、

 

感覚で、選んだことです。

 

 

 

それをするのに、

 

どうして努力がいりますか?

 

f:id:comuron47:20160227001012j:plain

 

 

まとめると

 

 

抵抗もなく

 

スルスルと生きていられたら、

 

病気になるヒマも、隙も

 

ありません。

 

 

 

そして、

 

常に創造的に生きられます。

 

ボケることもないですね、創造していたら。

 

 

 

健康で生きるっていうのは、

 

実はほんとうに簡単でシンプルなことなのですが、

 

子どもの頃からの

 

「自分を嫌う」という美学みたいに

 

崇めてきたものによって、

 

とても難しく、複雑になってしまっただけなのです。

 

 

 

どちらの生き方にしますか?

 

問題を探し続ける生き方と、

 

自分を好きでいるだけでいい生き方。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

こちらの記事もおススメです♡

 

comuron47.hatenablog.com

 

comuron47.hatenablog.com