女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

親子は一番 " 分かり合えない " と思っていたほうが良い理由。

親子なんだから、

 

分かり合えているはずだ、というおごりがあるから、

 

いろんなことを、余計にわかりずらくさせ、

 

お互いに、本音も言えずじまい、

 

そういうことがあるのだと

 

私は、今日、思いました。

 

 

生んでもらってもうじき42年たち、

 

42年、常に一緒にいたわけではなくとも、

 

共に生きていても、

 

親子の本音は、

 

お互い、分からない。

 

 

 

分からないからこそ、

 

大切なことは、

 

お互いを尊重し合うということだと、

 

言いたかったのです。

 

 

どうして、そう感じたのか?というと、

 

今、母が体調を崩していて、

 

お見舞いにいったときのこと。

 

 

 

「靴下から指が出てるのが、みっともないから、

 

どうにかして」と母が言うのでみたところ、

 

足の爪がとんでもないことになっていたのです。

 

足の爪が。

 

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私は、去年、

 

Facebookでこんなことを、

 

書いていました。

 

【謙虚であること】
 

私のところには、 
 
地域がら、お年寄りが多くみえます。 
 
そして、高齢になり、 
 
自分ではできなくなってしまったことも、
 
たくさんある方々です。 
 
 
中でも、足の爪を切ることが 
 
できなくなった方が大勢いて、 
 
その中で爪が分厚くなってしまい、 
 
家族や施設の人でさえ 
 
切ってあげられない方もいるのですね。 
 
 

 

伸びた厚い爪ほど、

じゃまだし、食い込んで痛いものは 
 
ありません。 
 
寝ても起きても、 
 
足の爪が気になるのです。 
 
 

そうなると、 
 
誰に切ってもらえばいいの? 
 
 

 

そんなときに、 
 
私がお年寄りの爪を切ります。 
 
 

 

最初、患者さんは申し訳なさそうに
 
おっしゃいます。 
 
「先生、足が痛い」と。 
 
そして、靴下を脱がせてみると、 
 
爪がひどくなっている。 
 
 

 

「じゃあ、切りましょう」と私が言うと、 
 
「先生に切ってもらっちゃ、申し訳ない」と 
 
おっしゃるのです。 
 
みな、申し訳ながります。 
 
 

 

私は、患者さんの爪を切るとき、 

足元に屈み、 
 
痛いところがなくなるまで、

丁寧に爪を切ります。 
 
 

少しくらい痛くても、 
 
私しかこの爪は切れないと思うから、 
 
もう、爪を気にしなくてもいいように、 
 
一生懸命切ります。 
 
 

 

 

そのときに、いつも思うことがあります。 
 
「先生、先生」と患者さんやそのご家族から
 
頼りにされ、 
 
知らぬ間にどこかで自分におごりが出ていないだろうか? 
 
私は爪を切るとき、 
 
患者さんの足元に屈むことで、 
 
自分が今も、謙虚でいられているかどうか、 
 
それを自分に問うています。 
 
 

 

患者さんの足の爪は、 
 
誰でも切るものではありません。 
 
足の爪なんか、切らない先生もいます。 
 
でも、私は患者さんの足の爪を、 
 
いつでも快く切ってあげられる心を
 
持っていたいです。 
 
 

 

今日、また、爪を切っていて、 
 
「そうだ」と、 
 
また、改めて白衣の襟を正しました。 

 

 

 

こんな風に、書いているくせに、

 

自分の親の足がどうなっているか?を

 

見ていなかったということです。

 

足が元々悪く、

 

足の爪が痛かったら、

 

足にタコができていたら、

 

それだけでも、バランスは更に悪くなるし、

 

痛くて、歩くのもおっくうになるのも当然。

 

 

 

私は、それを、

 

ちゃんと見ていませんでした。

 

 

 

 

そして、

 

母も、足の爪を誰かに切ってもらいたい、とも、

 

言うことはありませんでした。

 

母は、きちんとした、綺麗なひとです。

 

ですから、

 

足の爪を、自分以外のひとにどうにかしてもらう、ということは、

 

きっと、

 

「みっともないこと」だったのだと思うし、

 

娘に、それを切ってもらうなんていうことは、

 

選択肢にものぼるはずがなかったのだということです。

 

 

 

 

今日、その足をみたときに、

 

わたしは、

 

「そういうことも、分からずに、私は今までいたのだ」と、

 

何とも言えない気持ちになりました。

 

 

 

何が、医者だ、何が、患者さんだ。

 

自分の親のこともろくに見もしないで。

 

 

 

その場で、爪切りを借りて、

 

母の足の爪を切り、

 

ひどいタコを、丁寧に削りました。

 

綺麗に拭いて

 

クリームを塗り、

 

誰にみられても「みっともない」と母が思わなくて済むように。

 

 

 

母は、ずっと黙っていたし、

 

わたしも、黙々と、動作しました。

 

マッサージもして、

 

血流が良くなったんじゃいかな、という

 

私の自己満足。

 

「ありがとう」と一言、母が言いました。

 

 

 

わたしは、それで十分でした。

 

 

 

すごい人になるとか、

 

何かすごいことをやり遂げるとか、

 

わたしには、そういう目標はありません。

 

 

 

ですが、今日は、

 

わたしは今まで、いろんな人にしてきたことを、

 

大事な母に、できたこと、

 

それだけで、十分でした。

 

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今まで、ずっと痛かっただろうに、

 

黙って、何も言わずにいた母のこと、

 

あれこれ、聞かれるのを、嫌がるだろうから、

 

当たり障りなく、過ごしてきたわたし。

 

 

 

親子は、分かり合えないからこそ、

 

お互いを、尊重して、

 

想像して、

 

押しつけでもなく、

 

義務的でもなく、

 

できることを、ただ、やるだけで、

 

結果とか、そういうことは、

 

わからないのだから、

 

それでいいのだ、と私は、思いました。

 

 

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