女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

自分で問いを立てられることの重要性。

私は、子どもたちに

 

「ドリルを繰り返しやるのではなく、

 

自分で問いを立てなさい」と

 

常に言っています。

 

 

 

答えがすでにある問題を

 

いくら解いたとしても、

 

解き方がすでにわかっていたら

 

それはもう、繰り返し学ぶことに

 

そんなに意味があるのかどうか、

 

わかりません。

 

 

私も、浪人して大学受験をしました。

 

答えがすでにある問題を解いていくのが

 

大学受験。

 

それに向けて、中学、高校と学び続けるうちに、

 

「自分でゼロから問いを立てる」という

 

体験がものすごくなくなるのです。

 

 

 

そうすると、

 

答えがない問題に出会ったときに、

 

すぐさま、誰か他人に意見を確認したくなるのです。

 

 

 

大人なのに、

 

自分で自分のことすら考えられない。

 

自分のことすら、他人に聞きたい。

 

自分の生活すら、自分で決められない。

 

 

それだと、いつも誰かがいないと
心細くなったり、不安になったり、
答えをいつも、探し求めることになります。

 

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問いを立てる訓練をするために。

 

 

そういうわたしも、

 

自分で自分の訓練をしています。

 

 

 

例えば、これはどうなんだろう?と考えたとき、

 

知識が豊富な知人がいるのですが、

 

以前は、安易な質問をしていました。

 

不安だから、その知人に聞けば安心だ、と。

 

自分が間違えてはいないのだ、と確認をするために。

 

 

 

ですが、わたしはそれは

 

とても恥ずかしいことだと、気がつきました。

 

そして、その知人の時間とエネルギーを奪ってるんだ、とも。

 

ですから、知人にすぐに質問をすることを、

 

辞めたのです。

  

 

 

決めてやってみて、違っていたら、また、考える。

 

問いを立て直す。

 

そうやって、経験をしていくだけで、

 

段々と、問いも立てやすくなるものです。

 

そして、思うような結果を伴わない行動だったとしても、

 

納得がいくし、

 

責任が持てるので、張り切って行動ができます。

 

 

 

ですから、

 

まずは、他人に安易に意見を求めない。

 

他人と比較しない。

 

自分だけの問いに、自分で答えを見つけていく。

 

その結果は、他人から評価をしてもらう必要すらない。

 

 

 

どうしてなんだろう?という

 

問いを立てることは、

 

幾つになっても、とても大切なことだと思います。

 

 

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他人に対して、問いを立てる。

 

自分のことが分かってきて、

 

自分のことで、問いが立てられるようになってきたら、

 

今度はそれを、人間関係でも使えるようになります。

 

 

 

他人のことは、分かりません。

 

分かる、ということは、永遠にないと思います。

 

 

ですが、

 

人と関わるからには、

 

相手を知りたい、と思う気持ちが大切です。

 

 

 

そのときに、

 

相手に対して、

 

「適切な問いを立てられる」ことは、

 

非常に大事なことになってきます。

 

 

分かり合えないというのは、

 

結局、相手に対して、適切な問いを立てられないから、

 

相手の思っていること、

 

相手がしていること、

 

その理由がまったくわからない、

 

そういう風にもなるのです。

 

 

 

相手に対して、

 

「問いを立てることすら、めんどうだ」などという

 

怠惰な人とは、

 

まったくもって、

 

関わる必要すらありませんね。

 

良い人は、大勢いるのですから。

 

 

 

人間関係を維持するのは、

 

とても努力がいるし、

 

疲れるものでもあるのです。

 

誰とでも、仲良くする必要ありません。

 

 

 

 

 

患者さんと向き合うときに、

  

相手の生活状況、

 

相手が何に優先順位を高く置いているのか?

 

相手の性格、

 

相手の家族環境、

 

相手の仕事、

 

すべてのことを、頭にいれた上で、

 

相手によって、変化をつけて

 

問診をしていかなければなりません。

 

  

 

 

 

 

まとめると。

 

 

大人になるというのは、

 

仕事をして、稼いで、誰かを養っていればいいのではありません。

 

生きているというのは、

 

成長があるはずなのです。

 

 

 

 

問いを立てようとしているひとなのか?

 

 

 

そんなことすら考えずに、

 

ただ、ただ、

 

ことあるごとに、

 

誰かに、他人に、親に、

 

それを確認したり、

 

意見を求めて、

 

それで安心してしまうのか?

 

 

 

 

わたしは、

 

まだまだ、知らないことがたくさんあり、

 

まだまだ、恥ずかしいことを平気でしているかもしれないけれど、

 

問いを立て続けてやるぞ!、という

 

強い気持ちだけは

 

忘れずにいたいと思います。

 

恥ずかしい大人はイヤですから。

 

 

 

 

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