女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

目の前のすべてにフィルターがかかっている人へ。

こういうお便りをメルマガ読者さんからいただきました。 

 

 

私、何をしてても心、ここにあらず…というときがあります。

何かフィルターでもあるような。

今に意識をして集中してるのに何故かスッキリしない…。

やろうとすることはできるのです。

ただ気持ちがついてこない時があるんです。

感情的になるのは子供に怒るときくらい。

以前ならしまった、と思うのに近頃は心がないと言うか。

でも反省して子供に抱きつきゴメンね!。と。

夜も寝れない時もあるけど、そんなときはまっ、いいかと。

思いながらも不安になったり。

自分がよくわからなくなるんです。こんなことあります?

上手く伝えられずスミマセン。

何かアドバイス&ヒントがほしいです。宜しくお願いします。

 

 

 

 

何をしていても

 

景色にも、現状にも、会話にも

 

ぼやーっとした半透明なフィルターがかかり、

 

色も、音も、自分の感情も

 

水中にいるように、何かの膜をへだてて

 

自分がその中にいるような

 

そういう感覚になったことがありませんか?

 

 

 

何をしていても、

 

それに本当に興味を持てない。

 

日常の繰り返される、仕事や家事、育児などは

 

そのまま惰性で、流れにのってただ、やるだけ。

 

そこに、工夫しよう、創作しようという

 

気持ちが持てない。

 

 

 

家族や子ども、友達との会話も上の空。

 

話を聞いているようで聞いていない。

 

何かを言われているようだが、

 

いったい、どのことを言われているのか、わからない。

 

 

たまに、子どもがするいたずらに、

 

イラっとして、がががっと怒ってみるけど

 

前のように、罪悪感にも感じにくい。

 

 

こういう風になっているときは、

 

私は二つのパターンがある、と思います。

 

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一つ目は、

 

心の奥に絶対に触れたくない感情があり、

 

それが表面化しないようにするために、

 

どの感情もなるべく起こらないように

 

抑え付けている場合。

 

 

 

つまり、

 

すべての感情に蓋をするために、

 

何をしても

 

無関心、無感動、という風に

 

スリープ状態にある、ということです。

 

 

それが長期化してくると、

 

自分がやりたいこと、

 

自分が食べたいもの、

 

自分が好きなこと、

 

自分が大切にしたいもの、

 

そういうものがすべて

 

分からなくなります。

 

 

 

自分に基準がないので、

 

日常はすべて、他人の流れに任せるしかありません。

 

他人の感情に振り回され、

 

他人の事情で行動する。

 

そういう風にしていると、通常なら

 

不安や、恐怖が出てくるはずなのですが、

 

すべての感情に重たい蓋をしてあると

 

「まあ、それでもいいや、楽だから」と

 

なるのです。

 

 

流されて、たどりつくのは、

 

いったい、どこなのでしょう?

 

 

 

 

感情に重たい蓋をしたところで、

 

心身は、きちんとセンサーがありますから、

 

まったく自分の意図と違う人生を

 

生きていくと、

 

心身は、間違いなく、病いに陥るでしょう。

 

 

心の奥の絶対向き合いたくないものとは、

 

なるべく早期に、

 

できれば、信頼できる人と共に

 

向き合うことをおすすめします。

 

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二つ目は、

 

目の前の現状が当然、今日もまた、

 

変わらずにある、と

 

信じ込んでしまっている場合です。

 

 

 

いて、当たり前。

 

あって、当たり前。

 

自分が生きてて、当たり前。

 

 

そういう場合も、

 

「毎日、毎日が同じように繰り返されているだけだ」という

 

慢心と、幻想のもと、

 

怠惰な気持ちになりきってしまい、

 

甘えきった姿勢で生きている。

 

だから、フィルターがかかったように、なるのでしょう。

 

 

 

人の脳は、同じものに対しては、

 

新しく認識をすること、

 

新しく考えることはしないように、

 

省エネモードになっています。

 

 

なので、

 

「毎日が同じだ」というくくりでまとめられたものについては、

 

改めて、見直す、

 

改めて、考え直すことは

 

しないのです。

 

 

 

 

たとえば、私たちは

 

信号をみて、改めて

 

青はすすめ

 

赤はとまれ

 

黄色は要注意、と

 

いちいち、考えませんね。

 

 

 

 

それと同じことが

 

目の前にいる人、

 

目の前の現実に対しても

 

起こるのです。

 

 

 

 

それは、とても恐ろしいことだな、と

 

わたしは思います。

 

 

 

 

当然、明日も健康な自分が

 

相も変わらずいる、という幻想のもと、

 

怠けてきたひとに限って

 

「なんで、私がガンになったのか!!」と

 

医者に憤りをぶつけてきます。

 

 

 

目の前にいる人、

 

目の前の現実に対して、

 

何の感謝もなく、

 

周りの自然に、いかに自分が助けられているのか?に

 

目を配ることもなく、

 

雑草がじゃま、落ち葉がうるさい、などと

 

言っているひとは

 

間違いなく、病気として

 

表現されてくるでしょう。

 

 

 

 

病気になってから、

 

後悔しても遅いです。

 

 

 

 

もっと、目を覚まして、

 

「これは、本当のことか?」

 

「これは、当たり前のことか?」という

 

見直しを常に行う。

 

そして、心から感謝をすること。

 

 

 

 

そういう気持ちがなさすぎる人が

 

たくさんいます。

 

 

 

 

ただ、生きてるだけ。

 

とりあえず、今日も。

 

 

 

いったい、何を考えているのかな?と

 

わたしは、心の中でそっと思っています。

 

でも、それを変えてあげよう、なんて

 

思いません。

 

自分のことは自分で。

 

気がついたひとは自分で取り組みます。

 

一日、勇気を持てたひとは、

 

その先もずっと、そうします。

 

 

 

さて、あなたはどうですか?

 

フィルターがかかっていませんか?

 

かかっているなら、理由はどうでしたか?

 

 

 

 

 

生きている時間は、そうは長くありません。

 

気がついたのなら、今、勇気をもって

 

それに取り組む。

 

その繰り返しです。

 

 

 

 

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