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女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

本音で語れない理由。

今朝、何気なくFacebookにシェアされていた 

 

どなたかのブログを読み始め

 

しばらく、続けていくつかの記事を読んでいたら、 

 

「さて、私は今日、何を書こうか?」と

 

普段なら迷わないのに

 

自分のブログを書くのにためらいが生まれたのです。

 

 

 

なるほど.....。 

 

私は毎日、こうしてFacebook、ブログ、メルマガに投稿しています。

 

それでも、 

  

他の方の発言を読み込むことによって

 

自分と比較し、「わたしは間違ってないだろうか?」という意識が

 

生まれるのだな、とわかったのです。

 

 

 

毎日たくさん書いていて、

 

本音で語っていても、

 

少し、人のことが気になると

 

もう、「わたしって、合ってる?大丈夫?」が

 

出てくるのです。

 

それなら、毎日、読んでいるだけの人

 

どうでしょう?

 

毎日、人の話を聞いてあげているだけの人

 

どうでしょう?

 

 

 

メルマガ読者さんからも、こんなメッセージがきます。

 

何かコメントしようとしても、 

 

すぐに思ったことがコメントできず、

 

良質なものを書こう、良質な答えをしよう、とすると

 

ポンっと答えがでずに、結局詰まってしまう。  

 

自分が納得がいく答えが出るまで

 

何も結局、ことばにすることができない。

 

 

 

自分の本音を語ろうとしたとき

 

それが相手にどう思われるか?

 

常識的かどうか?

 

正解かどうか?間違えてないか?

 

そういうことが頭の片隅にフィルターとして存在していると、

 

スッと、本音を飲み込んでしまいますね。

 

 

 

 

そこには、

 

「こんなことを言ったら、恥ずかしい」という気持ち。

 

「こんなことを言って、場の雰囲気を壊したくない」という気持ち。

 

「こんなことを言って、相手より弱いと思われたくない」という気持ち。

 

様々な気持ちが交錯するでしょう。

 

 

 

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でも、そもそも、人は

 

そんなに皆が、すばらしいものなのでしょうか?

 

私は、生死をさまよう人たちをみてきて、

 

「歳をとっても、死ぬときになっても

 

このような魂の状態でここまできてしまった方もいるのだな。」と 

 

思うことが、何度もありました。

 

 

 

人は、歳をとったら勝手にすばらしくなるのではありませんね。

 

生まれてから、死ぬまでに

 

心の手当、心について、

 

きちんとしてこなかったら

 

ああいう状態のまま、亡くなっていくのです。

 

 

 

 

なので、若いときに不完全であるのは当たり前で、

 

そんなにすばらしいものではなく、

 

恥ずかしくて当然だ、と自分も含めて思っています。

 

なので、どんな人が私の前にきても

 

お互いさまであって、

 

期待をしていないのです。

 

だって、お互いに、そのために精進しているわけですから。

 

 

 

そう考えると、

 

「本音を言うのは恥ずかしい」ということ自体が

 

馬鹿けていると思いませんか?

 

自分のことを、どれだけすばらしいひと、すごいひとだ、と

 

頭の片隅で思っているのでしょう?

 

どれだけ、「できる」と思っているのでしょう?

 

「わたしなんて、まだまだ」と虚勢を張るひとほど、

 

どこかで「わたしを、傷つけないでよね!」というメッセージを

 

発しています。

 

 

 

 

いやいや、もっと楽に。

 

ひとはそんなに、そのままではすばらしくもないですよ。

 

これは、

 

「自分を卑下する」とはまったくちがいます。

 

謙虚に、だからこそ、

 

日々を重ねていこうではないか!ということです。

 

 

 

なので、

 

本音で語ることにそれほど、

 

恥ずかしがったり、隠したりすることなんて

 

ないです。

 

 

 

わたしは、そもそも、こういう風に

 

生々しいひとが好きだし、

 

人間らしいな、と思っています。

 

comuron47.hatenablog.com

 

 

 

それほど、何事もない日々、

 

退屈だな、少し我慢さえしてれば

 

まあ、それなりかな、という程度だと

 

人はそれほど生々しさを出さずに済んでしまうものでしょう。

 

でも、

 

自分の生死がかかった場面になったとき。

 

想像してみてください。

 

それでも、本音を取り繕って、

 

きれいに、かっこいい答えを探すのでしょうか?

 

 

 

 

これまでの自分を振り返り

 

「なんて、もったいないことをしたな」と思うのが

 

本当ではないですか?

 

 

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私たちが日々、隠した、本音は

 

身体の中に沈殿していきます。

 

きれいな水が、どんどん沼のように

 

汚れていきます。

 

出すべき思いを出さない。

 

言うべき本音を言わない。

 

らしく振る舞うべきところを、取り繕う。

 

それら、すべてが、沼のようにきれいだった水を

 

汚していきます。

 

 

 

それが、

 

様々な病気になっていく、

 

私は考えています。

 

 

 

本音を語る。

 

誰構わず、おおっぴらにしなさい、と言っていません。

 

ただ、自分の本音をそうやって

 

隠して、かっこつけているのは

 

意味がありませんよ、ということを

 

今日は、書きました。

 

 

 

日記を書く。

 

ブログを書く。

 

親しいひとに語る。

 

何でもいいのです。

 

 

 

本音に良いも悪いもありません。

 

本音に理由づけする必要もありません。

 

過去に意味付けなんてしなくてもいいです。

 

 

 

自分の本音を自覚する、聞く、認める。

 

そこから、

 

すべての流れが良くなっていくのは

 

本当のことです。

 

 

 

 

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