女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

幸せだと思い込んで、がんばって何がいけないか?

「これこれこうだけど、

私は幸せです」と前提を述べてから、

でも、それでも幸せなんです、と
    
言うひとが
    
本当に幸せだと、私は信じない。
 
 
  
幸せなのだったら
  
前提なんて提示しないし
  
わざわざ、人に
  
自分はそれでも、幸せだ、と
  
アナウンス滅多にしない。




なぜ、こんなことを書くのか?というと、

その、「自分は幸せなんだ」と

自他に宣言したくなる大変さが

どこかにあるのに

そこに蓋をして

見て見ぬ振りをしている限りは

本当に楽にはなれないから。



素直になるのは

こわい。

「私はほんとは、

こんなの、嫌だった」と認めてしまったら

全てが崩れ落ちる気がするのでしょう。




崩れ落ちていいではないですか。

自分が必死に

砂の城の土台を両手両足で支えてないで

もう一回、土台から

作り直したら。




その時には素直に

自分はこういう風がいい、

自分はこんなのは嫌だ、  

一人ではできない、 

わたしの力だけでは足らない、

誰か助けて欲しい、

誰か教えて欲しい、と

伝えればいい。



本人は気がついてないかもしれないけど、

その頑なさが

自分も周りも

苦しくさせている。

頑ななひとに

手を差し伸べるリスクを負う人は

いないと思う。

 

 

このような投稿をFacebookにしました。 

 

「幸せだと思い込んでがんばって、

 

なにがいけないんだ!」という

 

気持ちになる方がいるでしょう。

 

 

 

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「幸せだと思い込んで、がんばって何がいけないのか?」  
  
 
人の生き方は、千差万別で
  

正解が何なのか?は私にもわかりません。
  

どの生き方も、それぞれの方が選んでそれを
  

懸命になさっている。
 

それに対して私は

 

対面で目の前の方を否定したり、

  
あるいは、
  

「こうしなさい」とおせっかいを焼くことは
  

決してありません。  
 
 
 

ただ、医者になって15年以上、
  

延べ、2万5千人以上の方の人生をみてきて
  

「心と身体はつながっている」
  

「心身に自分の許容範囲以上の負荷をかけたら
  

病気になる」ということを確信しています。
  

 

 

 

末期がんの患者さんにも寄り添ってきました。

  

「どうして、我慢して今までこんなに  
  

頑張り続けてきたのに、
  

こんなことになってしまうのか。
  

わたしは、こんなにやってきたのだぞ。」という
   

悲痛な声を聞きました。
 

 

 

 

あるいは、若い女性で

    

「自分が何をしたいのか、すらわからない」
  

「自分の気持ちはわかりません」
  

「どうしたらいいですか?」という
  

あまりの疲労で自分のことを考えるという思考すら
  

消えてしまっている。
   

だけど、頑張りを止めるのは怖すぎてできない。
  

結果、自律神経障害を発症し
  

不眠、動悸、排便障害、月経異常、
  

そして、人間不信の状態に陥っている。
  

 

 

このような方をたくさんみてきました。
 

 

 

私の前に座る方は  

 

何をしあわせだ、と口では言っていても、

  

それでも辛いから
  

私の前に座っています。  
  
 
  
その方が「どうしたら楽になれるか?」を
  

私の意見として、提示します。

  

でも、それに対して、

 

「自分の人生をどうしていくのか?」を決めて行動する、

   

変えるべきところは変えて行く、のは
  

本人が決めてよいし、
  

本人しか、それはできません。

  
 
  
ただ、

 

「どうして、がんばっているのに、  

 

こうなっちゃってるのか?」で

  

辛い想いをしている方には
  

「こういう風にしたら、楽になりますよ」
  

「これを続けていったら、こうなりますよ」という
  

私の経験からみてきたことは
  

お伝えするのが、私の仕事だと思っています。
  

目の前の方にそれが必ず当てはまると断言はできませんが、
  

ほとんどの人がどうなるか?をみてきました。
  
  
   
根っこの部分。
     

他人のペースに巻き込まれて頑張り続けている。
    

やらざるを得ないと言って、やり続けている。
    

他人のせいにしている。
    

自分のことは、わかってもらいたいけど、
    

自分で自分のことはわかろうとしない、見ない。
       

人にどうにかしてもらおう、  
    

救ってもらおうとしている。
    

  

   

それらを解決することなしに、
    

「私はしあわせです」と思い込み
    

それを続けていくことは、
     

「今、これをするためにポジティブ思考でがんばろう!」とは
    

似ているようで、違います。
    

  

    

幸せだと思い込みながら頑張ることが、
    

超高速回転でモーターがまわっています。
       

すり切れそうだけど、
       

「いや、私はしあわせなんだから、
     

もっとやれば、きっとしあわせにもっとなれる」と
  

頑張りを更に重ねるようになり、
  

どんどん、辞められなくなっていきます。  
  
  
  
結果、モーターは焼き切れ
  
心身を壊してしまう。
 
 
   
私は、そういう方が目の前にいらしたら、
  
「よく、がんばっているのですよね。
  
でも、それを続けると、こうして身体の調子が
  
おかしくなってしまうでしょう?
 
一旦、そのモーターをゼロに止めることが
  
今、大切なことだと思いますよ。」と
   
アドバイスします。
  

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しあわせだと、思い込まなくても、
   
楽で、ホッとする。
  
身体も心もゆるやかでいられる。
  
わたしは、その状態が人にとって
  
人生を自分のペースで歩んで行くための
   
切符だと思っています。
  
  
  
思い通りになるための切符ではありません。
  
何が起ころうとも
  
自分で自分の世話をする。
  
余裕があったら、他人の世話をする。
  
そういう風に、生きるひとが増えれば
  
私は、いいな、と思っています。
  
  
   
私がいつも発信している
  
「心と身体はつながっている」
  
「だから、心を整えることが大切ですよ」ということに
  
共感して、何かヒントがある、と思う人が 
  
読むことを選択したらいいです。
    
私は、ブログでもFacebookでも、メルマガでも
  
読者の方を攻撃しよう、責めよう、  
  
否定しよう、叱ろう、とは
   
思っていません。
  
 
 
 
ただ、何かしら嫌な感じでざわついたり、  
 

読んでいて不快だな、と思うのなら

 

何か自分の中に、目を逸らしておきたい部分が  

 

あるのかもしれない。
  

自分が今より、楽になるためのヒントが 
 

そこに隠れているかもしれません。