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女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

それが起こるのには意味がある。

何度も繰り返し同じ症状が出たり 

何度も同じように人にイライラして言い過ぎたり。 

これは同じ理由から、だと考えています。 

 

 

自分を優先できなかった。 

 

私は、自動的に常に他人優先でした。 

子どもの頃からたぶんそうで

気がついた頃から「お先にどうぞ、どうぞ」でした。 

 

医者になり、それは更に献身的に診療を心掛けたことで

「自分は削られても患者さんのために」を地でやっていました。

子どもが生まれ、更にそれは我が子なので

「子どものためだったら、何でも私さえ我慢してればいいや」 

どんどん、自分のことは後回し。

 

そうすると、どうなったでしょう?

 

厄介だったのは、私はいろんな本を読み、

「自分がどうやってうまく我慢しながら、その状態を

なるべく楽にやり過ごせるか?」を学んでいたことでした。

 

「我慢せずに、楽に過ごせるようになること」

学ぶのではなく。

そして、「なぜ、私はそんなに他人優先になってるのか?」

学ぶのではなく。

 

 

そして、私はとても我慢をして努力をすることが

上手になっていきました。

どんどん、辛くなっていきました。

 

 

思考停止する。

 

人はあまりに自分が辛くなると、思考停止します。

どうにか、その日をやり過ごすために、

どうにかその世界で自分が生きていけるように。

どうにか今の価値観を変えずに、生きていけるように。

 

私は自分がみてる世界がすべて、だと信じていました。

これだけ、努力して、がんばって我慢して

これ以外の世界があるわけない、と思っていました。

どうにか、がんばれば、もっと良くなれる。

このまま、今は耐えるのだ、と

新しい世界とか、新しいやり方とか、

新しい思考方法を試す、ということに

思考が進んでいけませんでした。

 

常に私の頭から離れなかったのは

「きちんとしてなければならない」

「常識的に、ちゃんとしてないとダメだ」

「みっともない、のはいけないことだ」

 

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よく生きていたものだ。

 

今ならそう、思うのです。

誰にも相談ができなかったし、分かってくれる人は周りにいませんでした。

それは、私の人間関係は、

「きちんとしてなければならない」

「常識的に、ちゃんとしてないとダメだ」

「みっともない、のはいけないことだ」を貫く私と作られた

人間関係だったから。

 

その人間関係の中にいる人たちにいくら、自分の辛さを相談したって

「そういうもんだよね〜」

「同じ同じ〜」

「だよね、わかる、でも仕方ないしね、今は」

そう返答がくるだけでした。

 

 

そうやって、子どもの頃から続いてきた悩みによる停滞

40年弱も、続いてきました。

昔だったら、寿命が尽きていましたね。w 

我慢して、努力しておしまい、なところでした。私は。

 

そんな自分のままじゃ、いやだ!と、

生きる世界を変えたことが、生き直したきっかけでした。

何がなんでも、このままじゃ、もったいない。

これまでの自分に失礼がないように、やり直そう。

 

私は、そういう気持ちに切り替わったのです。

一人じゃ、それはムリでした。

きちんとした、導き(コーチング)によって私は

自分の道を歩くための、スタートラインにやっとたちました。

長かったけれど、そうやって、40年弱の悩みによる停滞に

終止符を打ちました。

 

それが起こるのには意味がある。

 

私が普段、ブログで書いていることは

もしかしたら「とりあえず、今の現状を楽に過ごすための方法」が

混ざっていると思います。

それは、日々が大事であり、一日は一日。

それを、嫌な気持ちで過ごして欲しくないからです。

楽に過ごすこと、は何より大事。

 

ただ、それだとかつての私のように

「上手に我慢して、今を維持する方法」になりかねないのではないかな?という

危惧もしています。

今の自分からかつての自分をみていて、

上手に我慢なんてせずに、「なんでもっと早く、そうしなかったの?」

言いたいし、時間がとてももったいなかったし

ムダに悩み、拒食にもなったし。

 

ですが、私が穴の中にいたことには

意味があることであり、その中で苦しみ、

穴の底から飛び出て感じられること、また、その出方を知ったことは

とても意味があったことでした。 

だけど、もっと早く出ていたら、という後悔は消えません。

 

それは、後にならないと、わからないことでした。

思考停止していた最中にはわからなかったし、

「なんで、私ばっかり!」といつも怒っていました。

 

自分にそれができる、とは思ってもいませんでした。

だけど、良かったのはそこから良い方法で出たことです。

 

そのまま、そこにまだ自分がいたとしたら

子どもたちは?仕事は?人間関係は?

想像しただけで、恐ろしいです。

 

こうして、情報発信をしていると、つい、当たり障りないこと

嫌がられないこと、をいつの間にか書く方が楽になります。

だけども、過去の私と同じように、穴の底に上手にいる方法を私のブログから

得ている人がいたとしたら、それは私の本望ではないな、と思い

私は、もう少し違うアプローチの仕方も書いていこう、と思っています。

 

 

日々は大事。

でも、それを維持するだけ、ではダメだ、ということ。 
「こんなのやだ」と思うのなら、できるだけ早く 
そこから出るべく、行動した方がいいですよ、ということ。

 

 

昨日、丁度「ブレークスルー思考」を外来の合間に読みました。

20歳の頃に、筆者の飯田史彦先生の本を知り、

「生きがいの創造」を医学部に入って読めたことはとても

その後の医療への取り組みの基礎になった、といっても過言では

ありません。

 

この「ブレークスルー思考」を読んでみて自分の歴史を

振り返り、まだまだ、ここから、というのと

すべては意味があるし、予定通りだから、大丈夫だ、という

安堵感を感じました。

 

そして、常に新しい世界からの刺激に自分を触れさせることを

怠らないようにしよう、と改めて思いました。

私はすぐに、サボるし、隠れようとする。

 

 

繰り返す症状、繰り返す自分の悪いクセ、

すべては起こる意味があります。

一時を乗り越えるために塗り薬や、気休めも大事。

でも、根治すると決めたのなら、同じ方法ではそうなりません。

 

 

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起こることには意味があって、取り組めない問題は出されません。

 
「神様のテスト」
 
 

 

  

 

 

それでは。

 

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