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女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

私の死生観。

生きることは、死ぬこと。 

 

生きるとは? 

 

何かしら自分にとっての課題を解くための人生の学校に

 

やってきてるのだと思います。

 

クラスメイトは、まず家族。 

 

それ以外にも、切っても切れない関係の人たち。 

 

人生で深く関わるひと、というのは数えてみると

 

そんなにたくさん、はいないはずです。

 

 

 

人を看取ることをしてきました。

 

私は、その中で最初は

 

「私がどうにか、助けよう」と医師の役目をそこに求めていました。

 

実際に、それで一命を取り留めた方ももちろんいらっしゃる一方、

 

助けようとして助からないこともありました。

 

その時、私はまるで「川岸に自分はいて、亡くなる人を見送る」かたち。

 

自分はあくまで「死なない」まだ。

 

その前提でいるから、看取ることもできる時期がありました。

 

 

 

でも、よくよく自分の心を整えていくと、

 

「自分もそのうちに、間違いなく死ぬ」のであって

 

他人の死を他人ごととしてるからこその、

 

「ある種の他人事の感情」があるな、と

 

気がつきました。

 

 

 

 

よく、お見舞いなどに行くと、死に行く人に何といったらいいか

 

わからない、ということがあると思います。

 

でも、自分もいずれ死ぬのだし

 

相手に同情をする、というのはとてもおかしなことです。

 

「まだ、若いのに」とか。

 

そういう自分がいつ死ぬのか?わかりません。

 

自分は岸にいるつもり、でもその岸がいつ、

 

川になって流れていくのか?わかりません。

 

 

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いずれやってくる親の死とどう向き合うか?というのは

 

自分は親より後に死ぬ、という前提での悩みだし、

 

子どもは自分より後に死ぬ、という前提での悩みもまた

 

同じように生じるのでしょう。

 

親より後に死ぬとも、子どもより先に死ぬとも、限らないのです。

 

親や子のまだ見ぬ死を悩むのなら、自らがもっと

 

「今に気がついて生きること」、が大事だと思います。

 

 

 

死生観について、私は

 

人の数十年の人生で数年の差は、ほとんど関係ない、と思っているし、

 

長さ、を競うものでもないし、

 

「いったい、自分はこの人生で何を学べてるのか?」

 

今、この一瞬も、心をきちんとして

 

向き合っていくことのみ、だと思っています。

 

 

 

そして、親や子の将来の死が心配だ、というのなら

 

それは今、自分自身がこの場でできること、をやればいいと

 

思います。

 

親に伝えたいことがあるのなら、今、だし、

 

子どもに小言ばかり言ってないで、もっと心を込めて今、接すればいいし、

 

今しかありません。

 

「また、今度の機会でいいや」と、自分の気が緩んだとき

 

「あの時、ちゃんと伝えておけばよかった」と悔やむことに

 

なるのです。

 

悔やむことがたくさんあるから、

 

まだ、まだ、死なれたら困るとか、人のことばかり

 

気になる。

 

 

 

そういう自分はいつ、死ぬのか?もわからないのですよ、と

 

私は言いたいです。

 

困るなら、目をさまして、今できることをやるだけ。

 

それの積み重ねでしかありません。

 

「時よ、とまれ」と言っても止まりません。

 

全員平等に時は刻々と流れていきます。

 

いったい、いつまで自分の時間が続いてくれるのか?

 

わかりません。

 

 

 

でも、それは悲観すること、でもまったくありません。

 

当たり前のこと、であって変化をしていくのが当然です。

 

もし、実際に病気や、老いで悩むのなら、

 

このような本を読んで、心をしっかりと持つことも

 

大切だと思います。

 

 

 

 

生きる目的が、「健康になること」になるとおかしいのは、

 

健康にしがみつくあまり、

 

「自分の体調のちょっとした不安に悩む」からです。

 

健康を維持するために、悩むのは、本末転倒です。

 

生きる目的は、「この人生で私は何の問題を解いて学ぶのか?」です。

 

健康になって長生きをすること、ではないと私は思っています。

 

健康にしがみつくあまり、心が苦しくなって

 

実際に病気になって病院にくるひともたくさんいます。

 

「健康かどうか、検査をしてください」と。

 

一つ検査をして、良くても、またすぐ検査をしたくなります。

 

自分の身体が健康かどうか?にしがみつかずに

 

自分の心をもっとみると、そこにヒントがあるでしょう。

 

 

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自分の大事な人が亡くなったら当然、悲しむでしょう。

 

でも、それでいつまでも苦しみの中にいたらいけない、と

 

私は思います。

 

人の死のせい、に自分が乗っかったらいけない、と

 

思います。

 

辛くても、自分の人生は、刻々と流れていきます。

 

自分の道、を歩くことしか、人にはできない、と思います。

 

 

 

あくまでこれは、私の死生観であって

 

とても個人的なものです。

 

人はそれぞれが、自分なりの死生観を持つべきで、

 

それがないまま、身近な人や、自分の死を迎えることで

 

右往左往しますし、そこは誰かに頼ること、は難しいです。

 

 

 

死がいつかくるから、今、焦って、がむしゃらに、ではありません。

 

今、パソコンを打ってる指の感触に

 

椅子に座っている硬さを感じることに

 

床に触れてる足の裏の感じに、

 

聞いてる音に、呼吸している空気の出入りに、

 

窓の外をふと、見れば、夕暮れの色が見えることに、

 

すべてに気がついていること、です。

 

そこには、穏やかさ、しかありません。

 

 

 

私が常々望んでいるのは、この心の穏やかさ、であって

 

そのために、日々、心を整えるべく鍛錬している、といっても

 

いいと思っています。

 

 

 

 

今日は、私の個人的な死生観について、

 

お話しました。

 

 

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