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女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

「自分のことがわからない?」本当はどうなの?

自分そだて。

今日は人とたくさん話をしてきたので、

 

メモがわりに思ったことを書かせてもらいました。

 

 

 

 

いくらブログ読んでもメルマガ読んでも、 

 

それを真似しようとしてもムダです。

 

他人の書いていること、しゃべっていること、を

 

真似しようとしても、できるはずがないです。 

 

 

 

どうしてでしょう?

 

 

 

それは、他人が言ってることはその人の生きた経験であって 

 

聞き手は単に聞いたり、見てるだけです。

 

聞いて、見て、「へー、すごーい♡それって、でも、 

 

○○さんだからできてるんですよね〜。 

 

私にはムリそう」って死ぬまでやってるのです。 

 

 

 

別に、その生き方がいけない、と言ってるのではなくて、

 

「私はこうこう、こうなりたいんです」と言うのなら、

 

そろそろ覚悟を決めて

 

聞いたこと、見たこと、を

 

自分の経験とブレンドさせて、自分のやり方に変換して

 

それを、実際に試さなければ

 

自分の人生を創り上げるなんてことはできないです。

 

 

 

他人の言うこと、をそのままやろうとして

 

コピペできるはずがない。

 

逆に、何を書いても言っても響かないひとは、

 

どこかの誰かの経験を盗んで書いてるだけ、

 

言ってるだけ、だからです。

 

 

 

 

「でも、私なんて大した経験してないですし〜」って

 

これまで何十年生きてきたのはすべて経験です。

 

「大した経験をしたい」と思ってやってきてできなかったことが

 

大事な経験です。

 

「私なんて」と言い続けて、自分を抑え続けてきたこと、も

 

大事な経験です。

 

たくさん、生きてきた分、経験はそれぞれみな、しています。

 

 

 

 

価値観すら違うひとのことを、真似できないでしょう。

 

でも、エッセンスを抜き出すことができるのです。

 

そのエッセンスを抜いてきて、

 

「自分の経験」というエッセンスと掛け合わせて

 

オリジナルエッセンスを作って試せや!!

 

思います。

 

やれや!ほんとに。

 

と、たまに、男の人のようになってしまいます。

 

でも、仕方がありません。

 

 

 

 

なぜなら、

 

そろそろ折り返し地点なので、いい加減に、

 

始めてみようかな、と思って」とか、

 

言ってる人がいるのをみると、

 

「どうして、今、折り返し地点と勝手に決めてるんだろう?」と。

 

平均寿命というものを信じている、わたしもきっと

 

80歳くらいまで生きてる、前提。

 

 

 

その呑気さをみてると、病気になって、

 

「なんでもっと早くしなかったんだろう」と

 

亡くなっていった患者さんの顔、一人一人、思い出すからです。

 

だから、呑気なひとをみてると、

 

たまに、イラっというか、

 

時間の有限さを本当に自覚されてないんだな、と

 

その自分の魂をいかにおざなりに放置してる加減に

 

お節介心が出てしまうのでしょう。

 

 

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「自分のことがわからない」というのは

 

本当はものすごくわかっているけど

 

実際に、本当に嫌な見苦しい自分を今更、さらしたくない、

 

自分にも、他人にも、みんなにも。

 

だから「自分のことがわかりません」と言うのもあるでしょう。

 

 

 

 

ほんと、みっともない姿、の自分をさらす、

 

それの姿で生きるっていうのは

 

やってみないとわからないです。

 

情けないし、ダメだし、泣けてくるほど、の自分で

 

生きていってみる。

 

辛くなるし、やめたくなるし、また綺麗な衣装着ちゃえ!って

 

思うこともあるでしょう。

 

また、前のように何となく、やっててもいいじゃん!と。

 

 

 

 

すると、あるとき「あれ、でも、これでも平気じゃない」という

 

自分のブレイクポイントがやってきます。

 

それまでは、さらけ出していくしか、ないのです。

 

それをすると、もちろん、今まで、

 

かっこ良い感じでキメてた自分にベタベタしてた人たちは、

 

去っていくし、一人ぼっちになった気分にもなります。

 

それでも、そういう自分に付き合ってやれるのは

 

他でもない、あなた自身だけです。

 

 

 

やれ、親がどうの、パートナーがどうの、

 

誰も認めてくれないんです。って

 

あなた、自分のこと、認めてないでしょう?と言いたいし、

 

まずは自分が

 

「ま、これがわたしだし、仕方ないよね」

 

開き直ることをしない限り

 

なぜ、大人になってまで、

 

他人のことを認めてあげて、褒めてあげて、

 

癒してあげなければならないのですか?

 

他人だって、自分のことで、いっぱいいっぱい。

 

 

 

 

いいね、押してたってそれは本当にいいね、と思ってるか、なんて

 

わからないのですよ。

 

いいね、って押しただけで、いいね、って思ってないかもだし

 

それを求めて血眼になる必要なんてないです。

 

 

 

他人の評価より、自分の評価。

 

他人の目線より、自分の目線。

 

他人の意見より、自分の意見。

 

他人を大事にする前に、自分を本当に心から大事にする。

 

 

 

それを、やれ、ご飯作るのめんどくせーとか

 

自分の身体に入れるものすら、

 

しなびた野菜、残り物のおかずを、自分の口に入れるなどというのは

 

まったくもって、そうなってるのは仕方ないだろう、と

 

本当に思います。

 

 

 

 

いったい、何だったら自分のために、やってやれるのですか?

 

何だったら自分に手間かけてやれるのですか?

 

めんどくさい、手間かかる、って

 

他人にばかり求めて、誰かにやってもらおうとするその心が

 

良くない、ということです。

 

 

 

 

自分でまず、心を込めて自分にやる。

 

恥ずかしい自分の姿、心を自分でみて、感じて、

 

ひどいな、と思って、それでも「ま、これがわたしだし」とわかること。

 

それで、生きてくと決めること。

 

そういう自分を大事に扱うこと。

 

 

 

そこから、です。

 

他人のセミナー、本、参考になっても、きっかけになっても、

 

その先の作業をやるのは自分であって、

 

本気でやらねば、できないです。

 

 

 

 

私は、一生懸命書いていますが、

 

それをどう、とるか?もその人次第だし、そこで一喜一憂をするのは

 

自分を痛め付けるだけ、なので、一切気にならなくなりました。

 

だって、それだけ真剣に自分を生きてきたので。

 

イヤなのは、「そんなにがんばらなくても」と

 

勝手に人をいたわりたがるひとです。

 

ほっとけや!と思います。

 

がんばってる人をいたわるヒマあったら、

 

自分も何かしたらいいです。

 

 

 

今日はざっと、話して、そうそう、

 

こういうことを言いたかった、ということを

 

ばばばばっと書かせてもらいました。

 

読み苦しかったら、ごめんなさいね。w

 

 

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