女医とも子の診察室

内科医。日々の気づき、生きること。自分の人生に取り組もう。

自分が来た道を慈しむこと。

自分の歩んできた道を慈しむこと、なしに

人が前向きに、立ち直ったり、やり直したり

整理したり、することはできないと思っています。

 

 

何をするにも、

どうせ私なんて

なんでもっと○○しなかったんだろう

 ああ、ああしてたら、今頃

 

 そういうセリフばかり頭の中で繰り返しているひとが

 多いです。

 

あるいは、

損したくない

失敗したくない

遠回りしたくない

カッコ悪いと思われたくない

 

そういう声もたくさん聞こえてきます。

 

 
このように風に思っていると、どうでしょう?

自分以外に、周りの人にもそれをしていますね?

周りの人のことも、同じように見て判断していますね?

自分のことは、もっとその100倍以上は、

厳しく、判断していますね?

 

 

ああ、つらい。

ああ、やめたい。

ああ、もうどうにかしてしまいたい。

って、それは10か0の話になってしまいます。

 

どうしてだと思いますか?

 

だって、

損したくない

失敗したくない

遠回りしたくない

カッコ悪いと思われたくない

 

そう思ってきたのに、自分のことを振り返り

「私は損して失敗して遠回りしてその上、カッコ悪いと思われてる」

そんなこと、認めたくないですものね。

それって自分が絶対したくないこと

絶対そんなのやだ!と思っていたことを

自分はそういう風にここまで来たのだな、と

認めることになるからです。

 

 

損、失敗、遠回り、ムダ、ああ見られたくない。

そういう価値判断で、物事をみてきた自分。

 

だけど、どうなのでしょう?

 

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確かに、あなたも、0歳から成長し

そういえば、5歳くらいの頃はまだ、何も心配事もなく

のんびりと、ぼーっとしたり、くだらないことで笑ったり

してましたね?

 

そんな自分が成長して、いろんな物をみて、感じて、考えて

結果、そのような価値判断でものや人や、自分を

見るようになった。
それだけなのです。

 

 

別に、ダメなんかじゃないです。

むしろ、あんなに幼かった自分が、ここまで無事に

弱いなりに、不器用なりに、生きてこれたのではないですか?

 

それに対して

どうせ私なんて

なんでもっと○○しなかったんだろう

ああ、ああしてたら、今頃

って、紛れもない自分がダメだしをしている現実。

それは、良くないですね。

 

可哀想ですね、5歳児の頃の自分の写真、

見られますか?

そんなにいじめちゃってて。

その頃の自分の目、見てあげてください。

 

私は、まずは、自分が歩いてきた道を
もっともっと、ちゃんと慈しみなさい、と

セミナーでも、メルマガでも、言います。

 

だって、本当だもの。

 

どこかで、ずれてしまった価値判断でもって

自分をこれ以上、いじめるのを、もう、やめましょう。

 

それとも、このままいじめ抜いて

クラッシュしたいですか?

10か0で、いきますか?

 

自分の歩いてきた道を

損してる

失敗してる

遠回りしてる

かっこわるすぎる

という価値観で見たら、ツラいですね。 

 

けれど、それもまた、自分で勝手に決めてそう見てるだけですね。

自分で決めて、見てるだけ。

誰も、そんな風に思ってない。

 

あるいは、実際に周りでそう、
面と向かっていうひとがいるなら

 

それは、「あなたが、それを言う人を周りに配置するのを

許しているだけ」です。

 

「プライドを持ちなさい」というのは

私はこれができるんだから

私はこんなに稼いでるんだから

私は旅行で海外に行けるんだから

ホテルはいつもスイートよ

 

そんなもんで、プライド維持するんじゃないです。

プライドっていうのは、

「私は、わたしです。」以上、おしまい。

 

何ができる、いくら稼げる、何を持ってる
そんなもので、プライドを持とうとするから

値踏みされてしまうのです。

 

「私はわたしです」

そういうプライドを持っていたら

損してる

失敗してる

遠回りしてる

かっこわるすぎる

 

なんて、自分でも言わないし、周りからも言われないでしょう。

言う人が、もしいたら、

さっさとその場を立ち去る勇気を持っているでしょう。

 

「ここが受入れられるかどうか?」というのは

自分がそう、思ってきた自分の来た道を

素直に見て、どんな道を来たとしても

「よくやってきたんだよね、わたし」

言えるかどうか?

そこだと思うのです。

 

いくら、良い話を聞いても
いくら、すばらしいセミナーに参加しても

自分で、「カッコ悪くても不器用でもやって来たよね」と受入れる。

 

いやだ!そんなの!っていう部分を受け入れないと

次は進めません。

 

自分の嫌だったことほど、見てあげる。

嫌なことほど、よくやってきたじゃん、と言ってあげる。

自分自身で。

 

 

 

 

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